売血でその日をしのいだ若い頃
手持ちの所持金がつきると、アルバイトを探す。だが、これがなかなかみつからないのだ。1週間分まとめて給料を支払う、などという求人には、応じるわけにはいかない。なにしろ今日の食費が必要だからである。
どうにも仕方がなくなると、売血にいく。
京成電車にのって川をこえると、製薬会社がいくつもある。そこにいって、1回200㏄ぐらいの血を売る。
採血の前に血液検査があって、そこではねられる者もいた。サンプルの血液が試験管のなかを、ゆっくり沈んでいく。
「比重が足りないから、あんたはだめ」
などと若い看護婦さんにすげなくいわれて、肩をおとして帰っていく男たちもいる。
検査にパスすると、ベッドに横になって採血される。太い針が腕にさされ、ゆっくりと血が抜けていく。どこか気が遠くなるような、妙な快感があった。
ひとつの部屋に何人かがベッドに横になって血を抜かれている。白衣を着た女性が、それぞれを見回りながら、
「ハイ、あなた、手をにぎったり開いたりして」
と、注意する。ゆっくりと指を曲げたりのばしたりすると、管の中の血流が細くなったり太くなったりする。
採血を終ると窓口で料金をもらう。そのとき、なぜか牛乳が1本つくのがふしぎだった。血を抜かれたあとに、白い液体を注いで駅まで歩く。
そんな暮らしのなかでも、なぜか自分を不幸だと感じなかったのは、たぶんそれが若さというものだったのだろうか。
いくつかの幸運と不運
30代にはいって、少しずつ幸運が訪れるようになった。新人賞に応募して入選したことや、そのあと引きつづいて作品の注文がきたことなど、いまふり返ってみても運がよかったとしか思えない。
その後、入院するような病気に見舞われなかったことや、事故などにあわなかったことなど、どう考えても幸運にめぐまれた日々がつづいた。
もちろん、二人三脚のようにチームを組んで働いてきた弟が急死したりと、不幸なことは少くなかった。
そして今日までのあいだ、いくつかの幸運と、不運があったが、差し引くと必ずしも不運な人生とはいえないように思う。
運、不運は、その人の受けとり方だ、という説がある。
事故にあって怪我をしても、
「命がたすかって幸せだった」
と、考えればいい、という意見である。たしかに考えようによって見方が変ることは事実だが、世の中には絶対的な不運というものもないわけではない。