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《店主の逝去後も有志が引き継いで営業継続》新宿二丁目の“最古参ゲイバー”が性的マイノリティーに愛され続ける“納得の理由”

『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』より #1

2021/12/16

LGBT当事者は「一般市民」ではない?

 新千鳥街の一角にあるわずか数坪のバー「香まり」──。一ノ瀬文香はタレント業とバーの経営者という二つの顔を持つ。「異セクシュアリティ交流」を掲げる小さな店は、まさに「密」な状況が生まれやすいが、店員のマスク着用、そして換気の徹底などを心掛けながらの再開を決めた。彼女は6月の営業再開を前に従業員にメールを送り、対策の徹底を呼び掛けた。

(香まり コロナ対策)
・お客さんが来店されたら「アルコールが入っているウエットティッシュで手を拭いてもらう」か、「お手洗いの洗面所に備え付けてあるせっけんで手を洗ってもらう」、どちらかをすることをお願いしてください。

・(通常時と同じですが)換気のために営業中、必ず入り口のドアを開けっ放しにしておいてください。その上で空調はエアコンで調整してください。また、換気扇2カ所は24時間、稼働させておいてください。

 一躍「時の人」となったある感染症専門家は、インタビューで「一般市民」には感染が広がっていないと言い、「それ以外の方も繁華街などに集積した感染者ばかりです。性的に男性同士の接触がある人も多い」ことが判明したとされる「ファクト」を語った。わざわざ特定の性的指向に言及したこと、それも「一般市民」と対比させたことの問題点を、感染症対策の専門家と呼ばれる医師や医療従事者もさらりと受け流していた。

写真はイメージです ©iStock.com

密を守ることで救われてきた人たち

 当事者たちがこれまで培った保健所や行政とのネットワークを通じて調べたところ、件の専門家が語ったような事実は一切確認できなかった。東京都内の繁華街などでゲイコミュニティーの間でクラスターが発生し、感染が広がったということはなかった。繁華街、夜の街、3密が発生しやすい環境はただでさえ偏見の対象である。仮に二丁目でクラスターが発生すれば、メディアは好奇の目を向けるだろう。それでも再開する理由はある。

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 松中はすりガラス越しに街へ目を向けながら、そっとこんなことを言った。「僕たちのコミュニティーにとっての安心感は、この空間がもたらしてくれるものです。だからこそ自分たちで対策をして、お客さんと一緒に空間を守っていかないといけない」

 3密の密は、秘密の“密”であり、濃密の“密”でもある。人が集う密からしか生まれない文化があり、密を守ることで救われてきた人がいる。将来はここをどんな店にしたいの、と松中に聞いた。歴史あるカウンターの中に座る彼は、少しだけ間をおいて言った。

「洋ちゃんの思い出を通じて、昔と今と歴史をブリッジする。かつてのお客と新しいお客の交流が生まれていく。そんなお店になればいいなって思っています」

【後編を読む】「これが日本の芸能界の現実ですね」多様性のある社会を目指して活動を続ける東ちづるが直面した“周囲の反応”とは

東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で

石戸 諭

毎日新聞出版

2021年11月27日 発売

《店主の逝去後も有志が引き継いで営業継続》新宿二丁目の“最古参ゲイバー”が性的マイノリティーに愛され続ける“納得の理由”

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