2021年はコロナ禍とオリンピックの狭間で世間が揺れた1年だった。ノンフィクションライターである石戸諭氏は、そんな1年を東京で暮らした人々の切実な思いを丹念に取材。著書『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』(毎日新聞出版)にまとめた。

 ここでは同書より一部を抜粋し、新宿の風俗嬢がコロナ禍を通じて体感した思いについて紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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理由もわからず「いじめ」のターゲットに

 世間を席巻している「鬼滅の刃」である。劇場版はあっという間に興行収入100億円を突破し、連日の盛況ぶりが各所でニュースになっているころ、私は新宿の映画館で一人の女性と出会った。この映画は序盤から中盤にかけての山場で、アニメ版でストーリーをさらっているか、あるいは原作を読んでいないと物語に追いつくのは難しい。それにもかかわらず、一つの社会現象といっていいほどに広がっている。いったい、なぜ?──。

 私が訪れた映画館で、観終わったばかりの童顔の「彼女」は、カフェオレを片手に取材に応じてくれた。年は20代前半だが、実際は実年齢より低く見られることが多いと言った。ごくごくありふれた水色無地のワンピースに、これも無地のネイビーブルーのニットカーディガンというこざっぱりとした出で立ちだった。「いまの私の職場、すぐそこだから」と指をさしたのは、歌舞伎町の方角だった。

 「鬼滅」って人生をいろいろ考えさせてくれる作品ですよね。悪役も含めて生き様がしっかり描かれているし。私も辛いことも多いんですよ。でも、何か楽しいことがないとやっていけないし、鬼滅があってよかったと思いますね。

 私の仕事ですか……。今は、親には言えないような仕事ですかね。仕事場は歌舞伎町のほう。もうちょい、ちゃんと言うと歌舞伎町も含まれるけど、まぁ新宿ってことにしておいてください。キャバクラ? 違いますよ。風俗のほうです。私、18歳で田舎から東京に出てきたんですよ。

 パティシエに憧れていて、専門学校でも行ったほうがいいのかなと思ったけど、うちお金なかったんです。まずはどっかに就職しないといけないってなって、どうしても東京がよかったから、都内のお菓子屋で働き始めました。もちろん決まったときは嬉しかったですよ。高卒でもいいからとにかく頑張って、お金を貯めたら学校にも行けると思ったし、最初に業界を知っておくことも悪くないかなぁと思って。

 でも、働き始めたらブラックなんてものじゃなかったです。あんまり理由はないのに朝早くから出勤しろって言われて、ほとんど肉体労働みたいにずっと仕事をさせられて、仕込みも手伝わされて……。それに勤務時間中はずっと立ちっぱなしで、休憩時間もろくに取れず、閉店後も新人だからという理由で掃除もやらないといけないし、誰でもできるような雑用まで押し付けられていたんです。あともういいや、と思ったのは理由は全くよくわからないのにいじめのターゲットにされたことですね。