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「やり直せると思っていたのに…」憧れの仕事を“いじめ”で辞めた風俗嬢が『鬼滅の刃』に見いだした“最後の救い”

『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』より #3

2021/12/26

「失っても失っても」やっていくしかない

 新型コロナ禍の影響もほとんど受けることなく、彼女の仕事は終始忙しいままだった。時世を考えて、これまで以上に体調管理には敏感になり、少しでも不調があれば無理な出勤を避けるといった注意はしていた。お客は途切れることなくやってきて、彼女に「コロナで仕事が減ったよ。ちょっと先が見えないんだよね」「リモートワークが続いて、それはそれで疲れる」と適当な世間話をする。「そういうお店」なのに、お金を払って彼女の顔を見て、ただただ話すだけで帰っていくお客もいる。誰にも吐き出すことができない愚痴をにっこりと笑って聞くこともまた、彼女の仕事のうちだった。

 源氏名を名乗り「もう一人の自分」になって出勤し、家に帰ってからまたリアルな自分に戻る。リアルな自分がなにより大切にしていたのは、アニメを見る時間だった。各クールの新作をチェックし、自分が好きな漫画や声優をチェックし、暇ができれば出来が良かったアニメを見返すのが彼女にとってはほぼ唯一の息抜きである。

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 その中で、ぐっと引き込まれたのが2019年にアニメ版が放映された「鬼滅の刃」だった。ここ最近の中では群を抜く作画のクオリティーと鮮やかな戦闘シーンに圧倒され、すぐに原作漫画も読み始めた。そこから彼女はずっと泣かされることになる。

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 簡単にストーリーをさらっておく。時は日本の大正時代――人知れず暗躍する鬼に、留守中の一家を惨殺されてしまった主人公・竈門炭治郎。家族で唯一、一命をとりとめていた妹・禰豆子を見つけたが、禰豆子も「鬼」になっていた。ギリギリのところで理性までは失っていないことに希望を感じた炭治郎は、妹を人間に戻す方法を探し、鬼を生み出すことができる「鬼の祖」鬼舞辻無惨を倒すために仲間たちと戦う道を選ぶのだった。

 最初に彼女が泣いたのは、炭治郎のこんなセリフだった。鬼を倒した炭治郎は、婚約者を失った男性に声をかける。「失っても失っても生きていくしかないです どんなに打ちのめされようと」

「あぁこれだなと思ったんですよね。私も働く場所もなくなっちゃったというか、自分で辞めたんだけど、それでも自分で生きていくしかないじゃないですか。それでいまの仕事をやっているんです。これでいいのかなって思うときもあるけど、お客さんもいるから。頑張っていくしかないんですよ」

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