選挙の結果は反政府・野党勢力が金大中・金泳三候補に分裂したため、「12・12」で全斗煥氏の同志だった軍出身の盧泰愚候補が当選してしまった。この結果、新憲法下の民主化時代のスタートは盧泰愚政権が担うことになり、1988年ソウル五輪も盧泰愚大統領が開会宣言をした。
しかし「光州のハン(恨)」の象徴だった金大中氏は5年後の1992年の大統領選でも金泳三氏に敗れ、大統領になったのはその次の1997年だった。
ここにきてやっと「光州のハン」は晴らされたことになる。金大中大統領が誕生した時、筆者は「これで高麗時代以来、権力から遠ざけられてきた湖南(全羅道)の“千年のハン”が晴らされることになった」と書いたことがある。
その結果、金泳三政権下で「12・12」や「5・18」の不法性を理由に逮捕・投獄されていた全斗煥・盧泰愚氏も、金大中氏が大統領に当選した直後に赦免・釈放された。これで「朴正煕暗殺事件」に始まる激動の韓国現代政治史は一件落着のはずだったが、そうはいかないところが韓国である。
2022年大統領選挙と“全斗煥発言”で見えた「韓国人の歴史観」
韓国は今、大統領選たけなわである。いつものように与野党の攻防が激しい。お互い片言隻句で足を引っ張り合っている。そんな中で野党「国民の力」の尹錫悦候補が全斗煥氏について、亡くなる前だったが「12・12と5・18を除けば政治をうまくやった」と語ったところ大問題になり、謝罪させられる場面があった。
与党サイドはもちろんメディア、世論も一斉に非難した。対抗馬の与党「共に民主党」の李在明候補は、その種の“歴史歪曲”発言は処罰する法律を制定して規制すべきだと主張している。
すでに紹介したように全斗煥時代についての“尹発言”は正しい。事実である。しかし尹候補および所属の野党(保守系)が謝ったように、事実であっても政治的にはそれを言ってはいけないのだ。李在明氏が大統領になり、そんな法律が制定されれば、こんなことを書いている筆者も処罰の対象になるかもしれない。
多様な事実、多様な見方が封じられるとその事実は忘れられ、なかったことになってしまう。まだ同時代を生きた人びとが存在する、わずか40年ほど前のことでもそうなのだ。まして1945年に終わった日本による統治時代の事実など、どこかにいってしまっている。「日本時代にはいいこともあった」は韓国では今なお妄言であり禁句である。それを言えば政治家は失脚し、識者は社会的に追放される。
全斗煥時代の振り返りは「韓国人の歴史観」を検証する絶好の素材である。韓国では歴史の見方が、人びとの暮し抜きというすこぶる政治過剰であると同時に、それがさらに後世の政治状況で左右されるのだ。事実を直視しない「韓国人の歴史観」には日本人は付き合いきれない。日韓関係がうまくいかない根本原因である。