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 昭和初期に欧亜連絡ルートの一翼を担ったこの豪華客車は、戦後、韓国で大統領専用客車として使用され、朴正煕大統領などが実際に乗車していたという。そのような経緯から、現在は韓国・ソウル郊外の鉄道博物館に1両が保存されている。

 現地の説明板には、この車両が戦前に「ひかり」と名乗っていた事実は記されていない。だが、書かれざる背景を知りながら見学すれば、「ひかり」の列車名に新幹線を連想する日本人旅行者には感慨深いものがあるだろう。

韓国・ソウル郊外の鉄道博物館で公開されている元「ひかり」号展望車。戦後は韓国の大統領専用客車として使用された【★】

記録がほとんど残っていない戦前の「のぞみ」

 一方、「ひかり」と姉妹列車の関係にあった「のぞみ」の当時の写真は、現代にはほとんど伝えられていない。遠方から撮影した走行写真はあっても、「ひかり」と同じように展望バルコニーの列車名まではっきりわかるほどの鮮明な写真は、これまで見つかっていなかった。

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昭和12年刊行の写真集『半島の近影』に掲載されている「ひかり」号展望バルコニーの写真。同じ写真がさいたま市の鉄道博物館に展示されている【★】

 これは、現代の東海道・山陽新幹線の同名列車と異なり、当時は「ひかり」の方が「のぞみ」より格上だったことが要因と思われる。先にデビューした「ひかり」の方が「のぞみ」よりも停車駅が少なく、同じ区間の所要時間も短くスピードが速かった。現代の東海道新幹線を語るときに、「のぞみ」「ひかり」をさしおいて「こだま」を取り上げたりしないのと理屈は同じである。

80年ぶりに“発見”された「のぞみ」展望車の写真

 その「のぞみ」の写真を、筆者は1年ほど前に偶然発見した。満洲からの引揚者の遺族が保管していた大量の資料を、縁あって筆者がまとめて譲り受けた。その中に眠っていたのである。その引揚者も別の人からかなり以前に譲り受けたものらしく、もはや誰が撮ったかは調べようがない。古びた茶封筒の中に、同時期に撮ったと思われる他の写真と束になって無造作に入れられていたが、保存状態は良好なのが幸いであった。

奉天駅に停車する急行「のぞみ」【★】
かつての奉天駅、現在の瀋陽駅。昭和初期の欧風駅舎が現役で使用されている

 展望バルコニーに「のぞみ」とひらがなで大書されている円形のテールマークから、一目で「のぞみ」の展望車だとわかる1葉は、背景に写っている駅の建物の形状から、満洲の奉天駅(現・瀋陽駅)で撮影されたものと特定できる。撮影時期は昭和15年頃と思われるが、さらに検証の余地はあるだろう。

 また、当時の「のぞみ」は釜山発新京行きが奉天に早朝7時過ぎに発着し、逆方向の釜山行きの奉天発着は深夜23時過ぎだったことから、この写真は早朝の奉天駅に停車する新京行きに違いない。現代日本を代表する高速新幹線「のぞみ」の列車名は、この1葉に写っている80年前の国際急行列車がルーツなのである。