2021年6月、世界で初めて脳腫瘍を対象とした「がん治療用ウイルス薬」が日本で承認された。人類の「敵」と見なされがちなウイルスを「味方」にするという画期的な発想から生まれた「G47Δ(一般名=テセルパツレブ)」は、標準治療に比べて副作用が少なく、あらゆる固形がんに適用できる。

 そんな従来のがん治療を根本的に変えうる、全く新しい治療法を確立した臨床医・藤堂具紀先生による『がん治療革命 ウイルスでがんを治す』(文藝春秋)から一部抜粋して、新しい治療薬G47Δ(ジー47デルタ)の臨床試験の結果を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

腫瘍が完全に消えた!

 患者のEさん(30代)は、第二子を出産されたばかりでした。適格基準に合っているかどうかの診察を受けるために、ご主人に付き添われて初めて外来の診察室にやってきたときは、生まれたばかりの赤ちゃんと幼い男の子を連れていました。

藤堂具紀先生

 ところが、Eさんは診察室に入るなり、「臨床試験は受けたくない」と言うのです。

 思いがけない言葉にご主人は狼狽し、

「僕は君に生きてほしいんだよ。頼むからこの臨床試験を受けてくれ」

 と、涙ながらにくどきましたが、Eさんは首を縦に振りません。Eさんはピアノの先生だったのですが、膠芽腫のために片方の手の動きが悪くなり、ピアノを弾くことができなくなっていました。そうした事情もあってか、治療には消極的でした。

 臨床試験は、本人の意思に基づいて被験者となった患者さんに対して行なうものなので、私は何も口を挟めません。それからしばらく、私の目の前で、「受けてくれ」「いやよ」の押し問答が続きましたが、ようやくEさんは納得し、適格基準に合っていることが確認されたあと、同意説明などいろいろな手続きを経て病棟に入りました。

 G47ΔはEさんに非常によく効きました。一時は完全に腫瘍が消失したのです。

腫瘍はだんだん小さくなっていき…

 膠芽腫の治療は、手術後に放射線を照射し、「テモゾロミド」という抗がん剤と、最近は「アバスチン」という脳の腫れを引かせる薬を使う化学療法が一般的です。Eさんは、これらの治療をすべて受けたあと膠芽腫を再発していました。つまり、一般的な治療が何も効かなくなった患者さんでした。

 ところが、G47Δを2回投与してから4~5ヵ月たつと、Eさんの腫瘍はだんだん小さくなっていき、ついには完全に消えました。これは明らかに抗がん免疫の作用です。Eさんには、G47Δで抗がん免疫が非常に活発に作用するという身体特性があったのです。腫瘍があったところは、抜けて穴のようになっていました。普通は再発した大きな膠芽腫が消えることはないので、消えたあとがどうなるか、私たちはそれまでそんな事例を見たことがありませんでした。「腫瘍が消えるとこうなるのか」が、よくわかる症例でした。