消えた腫瘍の再々発
結果として、Eさんは、FIH試験を行なった13人の患者さんのなかで、腫瘍が完全に消えた唯一の症例となりました。
一度は完全に腫瘍が消えたEさんでしたが、G47Δの投与から3年以上が過ぎた頃、膠芽腫を再々発してしまいました。
Eさんは抗がん免疫作用が起こりやすい方なので、G47Δをもう一回投与すれば、おそらく再々発した膠芽腫に効果があっただろうと思いますが、この臨床試験のプロトコール上、それはできないことになっていました。
「ウイルス療法はもうできませんが、さらに治療を続けていきましょう」とEさんにお話ししたのですが、臨床試験を渋っていたことからもわかるように、ご本人には当初から、どこか諦めているようなところがあり、「もういいです」というお答えでした。
残念なことに、それからしばらくしてEさんは亡くなりました。
投与後に体内で増える前例のない薬
抗がん剤の臨床試験では、被験者の三例ずつに投与する薬の量を3倍ずつに増やして行なう、「スリー・バイ・スリー(3×3)」と呼ばれる方法をとるのが一般的です。
この臨床試験も、当初の計画では、3例ずつ投与量を増やしていき、安全な量を設定することになっていました。最初の3例は低めのウイルス量から始め、次の3例ではウイルス量を最初の3倍にし、その次の3例ではさらに3倍量にするというやり方です。
しかし、Eさんは低量のG47Δでも腫瘍が消えたため、投与量を3倍ずつに増やしていくことにはあまり意味がないと考えました。
というのも、ウイルス療法薬というのは、投与したあと体内で増えるという前例のない薬であり、しかも体内での増え方には個人差があるからです。
話をわかりやすくするため単純に言えば、投与した1個のウイルスが1個のがん細胞に感染すると、そこからウイルスが100倍に増えて周りの100個のがん細胞に散らばり、そこからまた100倍、100倍と増えていく人もいれば、10倍、10倍、10倍と増えていく人もいます。
仮に、G47Δの投与量を少なめに設定した最初の段階の患者さんが前者のタイプだとしたら、次の段階の患者さんに3倍の量を投与しても、3倍などというのは誤差の範囲になってしまいます。
つまり、ウイルス療法の臨床試験では、通常の臨床試験で行なわれている「スリー・バイ・スリー」の方法がまったく役に立たないということが、実際にこの臨床試験をやってみてわかったわけです。
そこで、独立データモニタリング委員会(※1)での審議の結果、投与量を最初の3倍に増やした段階で、投与量をそれ以上増やしていくのはやめて、1回あたりのウイルス量を10億個とし、これを一定量として2回投与することになりました。