文春オンライン

「下着がない状態で手をつないで人通りの中を…」29の人格を持つ女性が受けた、幼い頃の性的虐待

カウンセリングとこころの深淵 解離性同一性障害 #2

2021/12/23
note

 私がページをめくりながら、溢れそうな涙を堪えて見ていると、「ちゃむ」の様子に異変が起きました。

 呼吸を急に荒くしたかと思うや、ソファーから飛び上がり、カウンセリングルームの端へと走り、その隅っこで隠れるようにして縮こまる。数秒もしないうちに、何かから逃げるかのようにまた別の隅へと走り、しゃがむ。

 そして……、その場に横たわると、苦しそうなうめき声をあげている。

ADVERTISEMENT

 私は、過去の性被害時のフラッシュバックが起きているのだろうと悟りました。

「それは今ではないよ」

「この部屋は安心だよ」

「もう嫌なことは起きないよ」

 カウンセラー用のソファに座りながらこんな声を届けたのでした。そして10分近く苦しんだあと、静かになり、やがて「ちゃむ」が戻ってきました。

「テラ」については、以前に託されたノートに、体育座りをする女の子として描かれていました。小学校低学年くらいのようです。服はなく、頭からタオルのようなものがかけられているだけなのです。それからしばらく、毎回のセッションで「テラ」は例の再演を繰り返し、私は同じように声かけをすることになりました。

 具体的に何があったのかを正しく知ることは難しいものです。過去のトラウマにまつわる事象は歪みなく記憶されているとは限らず、しばしば「フォールス・メモリー(偽りの記憶)」をもたらします。

下着がない状態で手をつないで人通りの中を歩く…

「テラ」がパニックを示すようになって4回目、早苗さんの中の「さなえちゃん」という人格(ノートの1番目に記されていました)が話しにきてくれました。年齢不詳の「さなえちゃん」は、小学校低学年の頃の出来事を覚えているとのことでした。これはつまり、当時の被害を体感として覚えているのが「テラ」で、知識として覚えているのが「さなえちゃん」と、さらに2人に分けて担わせていたと解されます。

「さなえちゃん」の説明によれば、その頃の毎日は……。

 学校から帰ると、家に誰もいない。そのまま近所の公園へ行ったり、繁華街へ行ったり、徘徊していると辺りは真っ暗になっていた。

 どこへ行っても、いろんな人が近寄ってきた。近所の公園では決まってある中学生くらいの男の子がきて、スカートのまま下着を脱がせ……。あるときは公園の倉庫に入れられ……。下着がない状態で手をつないで人通りの中を歩く……。

 別のおじさんが線路下のトンネル近くで待っていて、人目のない路地に連れていかれる……。

 高校生くらいのたまり場となったアパートの一室で、そこに敷かれた布団に寝そべり、取り囲まれている……。

 これらエピソードは、心理的事実として早苗さんが背負っていることに違いはなく、それを生み出した相応の出来事があるのだと考えています。