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「ちゃむ」がカウンセリングに来るようになり、こうして「みなも」、「亡霊」、「テラ」、「さなえちゃん」など主要な人たちと私を引き合わせてくれました。当初は、主であるべき早苗さんの身体は、あちこちに自分でつけた生傷が痛々しいものでした。

 開始して数か月たってから、早苗さん本人がカウンセリングの予約をとってやってくるようになりました。ややはにかみながら、しみじみと語るのです。

「なぜか、この部屋の安心という雰囲気が日常でも感じられ、落ち着きます」

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©iStock.com

「今まではどんなに薬を飲んでも効かなかったのに、なんでっていう感じです」

 早苗さんの中の他の人格は相変わらずいますが、なにより恐怖心が和らいだのは、勝手に派手な行動をしなくなったからだそうです。カウンセリングでも、「亡霊」や「テラ」などが訴えてくるようなことはなくなっていました。

 それまでの早苗さんは、気がつくとビルの屋上に立っていたり、首にロープをかけていたりして、慌てて「やばい」と留まったことが何度もあったそうです。自分が受けた性虐待の記憶を担う「さなえちゃん」の強い自己否定感が、存在を消そうとしていたのでしょうか。重大な秘密を初めて誰かに伝え、その人と分ち持つことによって、莫大な負のエネルギーにある程度の昇華が生じたのかもしれません。

 カウンセリングに訪れる間隔が開くようになった頃、早苗さんのほうから提案がありました。

「私のような人でも回復することがあるんだって、諦めている多くの人に知ってもらいたい」

 こんな置き土産を糧にして、私たち心理臨床に携わる者は、困難に満ちたこころの深淵と関わり続けられるのだと思っています。

公認心理師法による制限

 ここで少し現実的問題に立ち返り、心理の資格について若干の解説を加えます。平成29年9月に施行された公認心理師法は、私のような医療外に従事する開業カウンセラーであっても、主治医がいるときにはその指示に従うことが条文で定められています。主治医が「カウンセリングはしないように」と言えば、いくら本人が望んでも関わることができなくなるのです。国家資格化までにかなりの年数を要し、難航した背景に、医師会からかかった強い影響性を否定できません。激しい論戦が交わされ、最終的に心理職が迎合することによって不時着させたという経緯が横たわっています。

 本ケースの場合は、「ちゃむ」からの依頼で早苗さんが主治医に私との連携を依頼する文書を提出していました。そして主治医は私の早苗さんに対するカウンセリングを承認するに至ったのでした。もしここで、症状の重篤さから「心理的に刺激しないように」とストップがかかっていたら、早苗さんは回復への道のりに取り組むことがなかったかもしれません。

 精神科に通うクライエントと出会った際に公認心理師が直面する課題の一つが、このような医師との地位関係によってもたらされる制限です。クライエントの利益を最優先にするならば、大きなジレンマを禁じ得ません。

付記 本稿で取り上げる事例は、可能な限りご本人の了承を得て、かつ必要に応じて個人が特定されないよう小修正を加えて執筆するものです。