「何人ものカウンセラーのところに行きましたが、私が解離性同一性障害だと言うと、どこでも敬遠されました」カウンセリングルームでそう話すのは早苗さん(仮名)、31歳。
なぜ早苗さんは、この病気に苦しみ続けてきたのか。公認心理師である長谷川博一氏が、その理由を紐解きます。(全2回の2回目/前編を読む)
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幼いころの性的虐待が
早苗さんはなぜ解離性同一性障害を罹患し、苦しみ続けてきているのでしょう。
この重篤な疾患が生じる心理メカニズムとして、実は自律的な適応への試みが深く関与していると考えられます。戦慄の体験をもつ人にとって、それを認識しながら生きることはあまりにも過酷で、精神状態を保つことはおろか、生きることすらままならないのです。そこで、その体験にまつわる認識や感情を「自分ではない」として、「別の人」を生み出し、そこに割り当てることで危機から回避させることになります。多種多様な認識と感情を別の人が担い、徐々にその数が増えていくものです。
戦慄体験の典型として酷い虐待に継続的にさらされることが挙げられ、とくに性的虐待によって引き起こされやすいことが広く知られています。1回や2回の被害体験がのちの人生を脅かす場合にPTSD(心的外傷後ストレス障害)とされるのに対し、幼少期から日常的に被害に遭った場合には複雑性PTSDとも呼ばれ、トラウマが幾重に覆いかぶさり、症状も激しい表れ方をとりがちです。
早苗さんにも、性的虐待を受けてきた過去があるのでしょうか。本人はもちろん、「ちゃむ」も「亡霊」もそのことを知りません。
ある日のセッションで、「ちゃむ」がスケジュール帳を開き、「なんかいっぱい描いてある」「この画は『テラ』のだ」と言いながら、数ページにわたって描かれたものを見せてきました。紙面いっぱいにぎっしり詰まったそれを見た瞬間、私の脳裏に衝撃が走ったのでした。
小さな一人の棒人間(女の子)が布団のような長方形の上にいて、少し大きな棒人間たちに取り囲まれ、何かをされている。
女の子は、仰向けに寝ていたり、四つん這いになっていたり、首輪をつけられたりしている。
公園のブランコにかがみ、お尻を上げている。
これらの画は「ちゃむ」の描くものとはまったく異なっていて、幾何学的です。そのまま解釈すれば、女児が複数の人から性的暴行を受けている状況に他なりません。
「そうだったんだ……」
絶句する私に、「ちゃむ」は「わからない」としか言いません。それを描いたという「テラ」には、本当にそのような被害体験があったのでしょうか。