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2021/12/26

入れ墨 

 関西のヤクザと関東のヤクザの違いは、入れ墨にもある。例えば、同じ風神雷神でも、関西の彫師と、関東の彫師では、格好や表情、色合いが微妙に違う。 

 私は、本人の了解が得られれば、取り調べたヤクザに入れ墨の写真を撮らせてもらっている。マル暴になりたての頃、ある事件を目にしたからだ。 

 1978年7月、三代目山口組と二代目松田組の抗争、通称「大阪戦争」で、山口組・田岡一雄組長が京都のクラブ「ベラミ」で銃撃される事件が発生した。 

 田岡は一命を取り留めたものの、無関係の医師2人が重軽傷を負った。 

 襲撃の実行犯は、松田組系大日本正義団の鳴海清という20代の男で、現場から逃走後、松田組や友好団体の忠成会に匿われていたものの、行方知れずとなった。 

 同じ年の9月、神戸・六甲山の山中で、ガムテープでぐるぐる巻きにされた腐乱死体が見つかった。顔は白骨化し、全身をガソリンで焼かれ、指も潰されて指紋採取などから身元を割り出すのは困難をきわめたという。だが、科学捜査の結果、浮かび上がった天女の入れ墨から、ベラミ事件の実行犯の鳴海であることが割れた。 

 鳴海は山口組の報復から逃れるために身を寄せていた忠成会の組員らによって殺害されていたのである。死体の身元が割れたことから、兵庫県警は忠成会の組員を逮捕した。 

 今後の警察人生で、私が捕まえたホシが、事件後、再びヤクザ社会に戻り、鳴海のような最期を遂げても、無縁仏にはしない─私は、マル暴としての自分の覚悟を、そこに定めた。 

 それ以降、取り調べをしたほとんどのヤクザに「入れ墨の写真を撮ってもいいか」と声をかけてきた。嫌がる相手には強要しないが、ヤクザたちも入れ墨には自信があるようで、「これは有名な彫師が彫ってくれたんだ」「こういう由来があって、この図柄に決めた」とか、たいていの場合は喜んで見せてくれる。取調室でパンツまで脱いで、「どうだ」と見せるのだ。その写真は、彼らのプロフィールと一緒にノートにまとめてきた。現場の刑事生活の36年間で、およそ150人の入れ墨の写真をファイルした。 

©iStock.com

 誰に教わったわけでもない。おそらく、そんなことをしてきたマル暴は、私だけだろう。 

 もし顔を潰されたり、指紋をはがされたり、身体がバラバラにされた遺体が発見されても、そのヤクザの入れ墨がすこしでも残っていたら、無縁仏などにはせず、私なら素性を明らかにできるかもしれない。それは刑事としての自信の片鱗にもなった。

【前編を読む】ニッパーで小指を無理やり切断、指はホルマリン漬けで冷蔵庫保管…元マル暴刑事が明かす「ヤクザ」と「指詰め」のリアル

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