警察組織には通称「マル暴」と呼ばれる、暴力団による犯罪を専門に捜査する刑事たちがいる。暴力団社会に太いパイプを作り情報を収集するほか、暴力団構成員らを逮捕した際の取り調べでは真剣勝負で心を開かせ自供に導く。40年近くにわたり警視庁組織犯罪対策四課や署の組織課や暴力犯係でマル暴として数々の事件捜査にあたってきた櫻井裕一氏が、退職後に上梓した著書『マル暴 警視庁暴力団担当刑事』(小学館新書)で知られざるマル暴刑事VSヤクザの世界について明らかにした。
著書では暴力団対策法などがなかった昭和の時代から、平成に入って以降の約40年間に起きたヤクザの暴力性むき出しの凶悪事件から企業を舞台にした経済事件まで、幅広く描かれている。明かされる舞台裏はまさに「ヤクザ事件の全裏面史」だ。
近年は暴対法に加え全国で整備された暴力団排除条例によって暴力団構成員は減少傾向にあるが、反社会的勢力はいまだに根強く活動しており実態は不明朗なことが多い。「#1」では、「ヤクザが恐れた男」である櫻井氏に著書についてと近年の暴力団の動向について語ってもらった。
(聞き手/ノンフィクション作家・尾島正洋)
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組対四課が「マル暴」と呼ばれる理由は…?
――著書のタイトルにもなっている“マル暴”の「マル」とは警察内ではよく使われている用語です。例えば捜査の対象者は「マル対」などと呼ばれています。まずはタイトルからご説明をお願いします。
櫻井 警察では調書などで暴力団を指す用語として「暴」「B」といった文字を丸で囲むことで表記しています。同様に、被疑者は「マル被」とか被害者は「マル害」、被疑者や関係者など捜査の対象者を「マル対」などと呼んでいるように、警察では「マル」をつけて用語を簡略化することが多いです。
例えばヤクザを逮捕して検察に送る際に、送致書に暴力団を示す「B」の文字を丸で囲んだハンコを押します。明らかに構成員と分かっている場合は、このようにして検察官がすぐに分かるようにします。ここから暴力団構成員については、「マル暴」とか「マルB」と簡略化して呼んでいます。「マル暴」という用語は本来、ヤクザを指す言葉ですが、ここから「マル暴捜査官」とも言うようになり、それがもとでヤクザを捜査する刑事のことも「マル暴」と呼ぶようになってきました。