主君・浅野内匠頭の無念を晴らすべく、大石内蔵助を始めとする四十七士が吉良上野介を討つ――。「忠臣蔵」の物語を物凄く手短に述べると、このようになる。
ただ、忘れてはならない存在がいる。それは、一度は討ち入りの同志に加わりつつも、さまざまな事情により脱落していった者たち。仇討を遂げた四十七士の陰で消えていかざるをえなかった、そうした脱落者の悲劇もまた、「忠臣蔵」の大きな魅力なのだ。
特に戦後に作られた映像作品では、彼らは大きくフィーチャーされており、スターたちが演じることで「オールスター映画」であっても華やかなだけではない、ドラマとしての厚みをもたらしていた。
今回取り上げる一九五四年の松竹版『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』もそんな一本だ。
戦後初めて「松の廊下」から「討ち入り」までを《通し狂言》として一本の中に収めた本作では、「最後の脱落者」となる毛利小平太の存在がクローズアップされている。演じるのは鶴田浩二。当時は「松竹三羽烏」として売り出し中の、人気若手スターだった。
後に任侠映画で哀愁と凄味を醸すようになる鶴田だが、この時は若き二枚目。序盤の赤穂藩士時代は白塗りメイクに目張りもバッチリで、まばゆいばかりの美男子ぶりを見せつけてくる。
さらに浪人時代となると前髪をダラッと垂らし、その奥からクールな眼差しが覗く。その様は、まるで一昔前の少女漫画の貴公子のよう。
そのようなルックスなだけに、担当するのはもちろんラブストーリーだ。吉良打倒のため江戸にいる小平太は、藩取り潰しのために離れ離れになっていた許嫁・しの(桂木洋子)と再会する。しかし、しのは苦しい生活の果てに肺を病んでいた。
しのと暮らすようになる小平太だが、そのために自らも激しく咳き込むようになってしまう。目の周りは黒ずみ、美男子の面影は消えた。それでも討ち入りへの気は衰えるどころかさらに盛んになり、その目は異様にギラつく。
そして討ち入り当夜。小平太の病状はさらに悪化。喀血までしてしまう。大石たちは小平太を待ちきれずに出立。一方の小平太は立つこともままならないにもかかわらず「儂(わし)は行く。命のある限り行く」と吉良邸へ向かった。だが、なんとかたどり着くものの息絶えてしまうのだ。四十七士の勝鬨を遠くに聞きながら、誰に知られることもなく――。
鶴田浩二ならではの情念あふれる大熱演が大願成就の裏で空しく散っていった者の悲劇を盛り上げていた。「忠臣蔵」は、ただの仇討の英雄譚ではないのである。