漫才日本一を決める『M-1グランプリ』は、毎年更新される一続きの壮大な大河ドラマである。ある年の大会で生まれた因縁が、伏線になってその後の大会につながっていく。

 12月19日に行われる『M-1グランプリ2021』の決勝の行方を占うにあたっては、昨年までの大会の内容を踏まえる必要がある。今回、特に注目すべきなのは、昨年の『M-1』が発端となって巻き起こった「漫才論争」である。

『M-1グランプリ2021』ファイナリストの9組 ©M-1グランプリ事務局

 昨年の『M-1』では、破格の漫才を披露するマヂカルラブリーが優勝したことで、世間の人々の間で「あんなのは漫才とは言えない」という不満の声が高まり、「漫才論争」へと発展した。マヂカルラブリーのネタは漫才なのか、漫才ではないのか。そのことをめぐって国論を二分する大論争が起きた。

ADVERTISEMENT

「漫才論争」は去年が初めてではなかった

 実のところ、『M-1』で披露されたネタが漫才と言えるかどうかということが表立って問題になったのは、今回のマヂカルラブリーのケースが初めてではない。『M-1』は漫才の大会であり、主催者側が提示している審査基準は「とにかくおもしろい漫才」である。だからこそ、単に面白ければいい、観客を笑わせればいいというものではなく、それが漫才と言えるかどうかも審査の対象になる。

 2002年の『M-1』では、「なんでだろう」という歌ネタで知られるテツandトモが決勝に進んだ。『M-1』の舞台でもいつもの調子で全力でギターをかき鳴らし、歌い踊った彼らに対して、審査員の点数は全体的に低かった。審査員の立川談志は「お前ら、ここに出てくるやつじゃないよ」と言って、会場をピリつかせた。

昨年、「漫才論争」を引き起こしたマヂカルラブリー

 一方、審査員の松本人志は「赤いジャージの子は、友達としては100点なんですけど」とフォローしつつ、「いや、これを漫才と取るかっていうことですよね」とコメントした。このときの審査員の総意としては、センターマイクを無視して激しく動き回るテツandトモのネタは漫才ではないということになったのだろう。

 また、2010年大会で決勝に進んだジャルジャルは特殊な設定の珍妙な漫才を披露した。福徳秀介のボケに対して後藤淳平が異常に早いタイミングでツッコミをいれた。福徳がそれをたしなめると、後藤は「何言うか知ってるから」と答えた。漫才師は漫才を演じるとき、会話の内容をすでに知っているにもかかわらず、それを知らないかのように演技をしなければいけない。ジャルジャルのネタはその前提を覆すものだった。