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食い違う証言

 大嶋さんによれば、高級品を扱っているわけではなかったという。

「発注元が裁断された布きれを送ってきて、それに工場で色をつけて送り返すという作業です。商品は赤ちゃんの前掛けとか、子供のパンツのお尻部分の下絵とかでした。布の表裏の間違いとかはありましたが、プリントを失敗したので色を消すということはありません。安い布きれですから、そういうことがあれば廃棄していました」

 この証言からわかる通り、高級品を扱って色間違いを修正するということはなかったのである。というわけで、ふたたび千佐子との面会室での対話に話を戻す。私は彼女に「毒についてなんだけど、裁判で入手先は出入りの業者だって言ってたよね?」と質問した。

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「そうや。毒は出入り業者から貰ったんよ」

「名前とか憶えてる?」

「たしか和歌山の人やったと思うけど、もう忘れたわ」

「でも、青酸で布の色を落とすとかって、本当にできるの?」

「そんなん私、専門家やないから、よう知らんわ。ただ、私がそう言われて(毒を)貰ったのは間違いないから。うちで扱ってた製品のうち高級品で色のミスがあったら大変やろ。それを消すためやって……」

「でも高級品って扱ってた? 赤ちゃんの前掛けとか、子供のパンツとかじゃなかった?」

「違うわ。それ以外にも高級な製品があるやろ。その色のミスを消すためやったの……」

 そう口にして感情を昂ぶらせた千佐子は、こちらがなにを言っても聞く耳を持たず、延々と毒は印刷間違いを消すために出入り業者から貰ったものだとの自説を繰り返した。そして興奮からか、事件についても話し出す。

「警察は十把一絡げで私がやったって言ってる。でも私が記憶してるのは橘さん(仮名)だけ。あの人が差別したからや。ほかの人はやったという記憶がない。ただ、1人殺しても、10人殺しても死刑やんか。だから、もうええわと思って、受け入れたんよ」