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『危ない薬』のことは思い出したくない

 だが現実的にいえば、1人を殺害して死刑になる可能性があるのは強盗殺人や放火殺人などで、千佐子の犯行内容で被害者が1人だけならば、死刑の判決が出るとは考え難い。そのことを知るからこそ、橘さん1人だけの殺人を認め、他は否認する選択をしたのではないかとの疑念は、公判の段階から常につきまとっている。

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 残り5分で犬の話題を持ち出して、千佐子の機嫌をなんとか取り戻した私に、彼女は「私が死んだときにお願いしたいのは、棺のなかに犬の写真を入れてほしいということ」との言葉を残して、面会室を出ていった。

 翌12月21日、面会室に現れた千佐子に、私は差し入れようとしたが不許可だったシーズーの卓上カレンダーを見せた。その写真を見た途端、彼女の目にぶわっと涙が浮かぶ。「先生、これアドちゃんにそっくりやわ」そう言ったあと、感極まった彼女は続けた。

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「先生、私もう死刑になってます。本気やったら自殺できたらええんやけど、その勇気がない。先生、先生とは私、死刑の直前まで会います」

 死刑が確定してしまうと、特例を除き取材者が死刑囚と面会することはできなくなってしまう。だがそれをここで伝えても仕方がない。やがて私は千佐子に「そういえば昨日、毒は和歌山の業者から貰ったって話してたよね」と話題を振った。だがそこで彼女はふたたび、自分が色を調合していてそれを消すために貰ったとの話を繰り返す。

「たしか『毒』とは言わず、『危ない薬』という言い方やったね。思えば私の間違いの始まりは、その人から毒を貰ったこと。別にその人を庇っとるわけやないよ。自分のなかで消したい、忘れたいことやから、思い出せんことなのよ」

 そして前にも聞いた、自分の健康な臓器を寄付したいという話を始めたのだった。

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