12月18日、女優の神田沙也加さんが札幌市内のホテルの高層階から転落し、同日午後9時40分に亡くなった。35歳だった。SAYAKAとして芸能界デビューした14歳の神田さんが、母・松田聖子との関係性などを率直に明かした手記(「文藝春秋」2001年10月号)を追悼を込めて再録する。(全2回の2回目/前編から続く)
(※年齢、日付などは掲載当時のまま)
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実は昔から、“母”という感じがあまりしない
映画の撮影が始まって数日たったある日、家に帰ると、リビングが真っ暗だった。
「あれー、まだ夕方なのに……」
そう思って足を踏み入れると、
「パンパンパーン!!」
何やら音がして、急にぱっと明るくなり、目がくらんだ。周りを見ると、クラッカーを持った母達が、微笑んでいた。
テーブルを見ると、“映画初出演おめでとう”と、いつの間に用意したのか、色とりどりの花や、カードがいっぱいあった。
「わぁ!! ありがとう……」
ちょっと気持ち的にしんみりしていた時期でもあったので、すごく嬉しかった。みんな、心からお祝いしてくれた。母の友達が飼っているシーズー犬までしっぽを振ってくれていた(笑)。
母は、誰かの誕生日とかになると、カードやケーキやプレゼントなどを徹底的に用意してお祝いをする。電気を消してクラッカーをパーンと鳴らし、その人が喜ぶ顔を見て、自分も同じぐらい喜ぶ。仕事が忙しいことはあるけれども、仕事以外の暮らしでは、普通の母親とまったく変わらない。
それどころか、実は昔から、“母”という感じがあまりしない。むしろ“友達”という感じなのだ。でもそれは母親らしくないという意味ではなく、何でも話せて、わかり合えるという意味だ。昔から仲の良い一番の“親友”のように感じる。14歳ぐらいになると、母親のことを「ウザい」と言う人も出てくるけれど、私は全然そう思わない。私ももし母親になったら、子供とこういう関係を築いていきたいと思っている。