長年、日本サッカーをプレーと人気の両面で牽引してきた元日本代表FW三浦知良(54・横浜FC)の去就が、大きな注目を集めている。
今年のリーグ戦出場は1試合(アディショナル・タイムの1分)にとどまり、カップ戦を入れても計4試合、45分間ピッチに立って無得点。ゴールを決めたのは、4シーズン前の2017年3月12日、J2でのザスパクサツ群馬戦までさかのぼる。
来年2月26日には55歳になるが、いまも現役続行にこだわる。出場機会を求めて移籍を視野に入れており、J2の琉球、J3のYS横浜、JFLの鈴鹿、高知、FC大阪、関西1部のおこしやす京都、関東2部の南葛SC、シンガポールリーグのアルビレックス新潟、からオファーを受けた。現在の横浜FCを含めると、実に9クラブによる争奪戦となっている。
カズのキャリアの大きな転換点と言えば、1998年ワールドカップ(W杯)の開幕直前に出場メンバーから落選したことだろう。栄光に満ちたキャリアにおける最大の痛恨事。以後、W杯出場のチャンスは二度と訪れなかった。
「カズを外した気持ちがわかる」
「今になってみれば、あのときカズを外した岡田さん(当時の岡田武史監督)の気持ちがわかるような気がする」
こう語る男が、地球の反対側にいる。カズとJリーグで長年しのぎを削り、日本代表では1998年W杯アジア予選の戦友にしてポジションを争うライバルで、結果的に彼を蹴落として1998年W杯に出場した呂比須ワグナー(52)だ。
ブラジルの名門サンパウロFCのアカデミーで育ち、17歳でトップチームへ。18歳で日本へ渡り、日産を皮切りに柏レイソル、ベルマーレ平塚、名古屋グランパスなどで16年間プレーした。
1997年に日本国籍を取得し、1998年のW杯に出場。ジャマイカ戦では中山があげた日本のW杯初得点をアシストしている。2002年に引退し、以後はブラジルと日本で指導者としてのキャリアを歩む。
彼は、カズの去就についてどう考えているのか——。自宅があるブラジル・サンパウロ州で話を聞いた。