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病院の外でがん患者と医師が対話する「がん哲学外来」とは?

順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授 樋野興夫医師インタビュー#1

2017/12/04

時代と共に変わってきたのは「会社」での悩み

――個人面談を希望する方は、どんな悩みを抱えて来るのでしょうか。

樋野 多いのは、「病気」に対する悩み、「死」に対する悩み。この10年、「家族」に対する悩みも一向に減っていないね。医療は日進月歩で、がん治療は10年前に比べれば5年生存率も高くなり、がんの65%は治る時代になった。でも、がんになった人の心の有りようは、いつの時代も同じなんですよ。時代と共に変わってきたのは、「会社」での悩み。職場での働き方の問題だね。

――最近は、仕事をしながら治療を受けている人も多いですね。

樋野 以前に比べれば、がん患者さんの働き方はだいぶ配慮されるようになって、大きな会社では、治療中でも給料が保障され、就業時間も体調に応じてシフトできるところもある。ただ、中小企業の人や自営業の人が抱える問題は変わらず、会社を辞めざるを得ないとか、仕事を変えなければならない人もいる。少なくなってきたとはいえ、今まで出世街道を走っていた人が、しばらく治療に専念しなければならないと会社に伝えると、転勤になる、干される、窓際に置かれるといったことが未だに起きているのも現状なんです。

 

――治療後、職場に復帰しても、今までのように働けないジレンマに悩む人も多いと聞きますが。

樋野 たくさんいますよ。術後に後遺症が残る人もいれば、外来通院で抗がん剤治療や放射線治療を受けている人は、治療が続いている限り、副作用が出たり、疲れやすかったりもするから、なかなか今までと同じペースで仕事ができない。会社に相談して、早く帰るような働き方をしている人もいるね。

――そういう人たちに、先生はどのようなお話や「言葉の処方箋」を?

樋野 ここは、価値観に関わるところなんですよ。給料がきちんともらえて、衣食住が足りていたら、仕事は干された方がいいんです。暇になるからね。

――えっ、身体のために暇な時間を作ったほうがいいということですか。

樋野 いや。価値観を変えるチャンスだということです。多くの人は、日々、人と比較しながら競争社会で働いています。「ひま」という言葉は、ほら、お日様の「日」に「間」とも書くでしょ。時間ができて先人の言葉に触れると、心に太陽の光が差し込むんですよ。

 

――それは、つまり……。

樋野 「人と比較したり、競争するのをやめなさい。放っておけ」ということなんです。そうすると、人は本当の自分の役割、使命を与えられるんですよ。人と比較している間は、使命なんて見えてこないからね。だから、仕事は人に譲れるだけ譲ったほうがいいよ、暇になるためにね。

――病気をしたことで、それに気づく機会を得られる、と。

樋野 その通りだね。

病気をする前の暮らしや生き方が本当にベストだったのか

――そういう意識が芽生えると、仕事や人との関わり方も変わってくるということでしょうか。

樋野 がんの患者さんの多くは、「病気になる前の自分に戻りたい」と、以前の自分に少しでも近づけようと努力します。でも、考えてみてください。病気をする前の暮らしや生き方が本当にその人にとってベストだったのか、と。決してそうとは限らないね。

――当然のことと思っていましたが、たしかにそうですね。

樋野 それに、大変な治療を経験して、死を意識し、今まであまり気に止めなかったことを感じるようになると、「もしかすると、この時のためだったのかもしれない」と気づく瞬間が訪れるんです。ほんの少し視点を変えることで、自分は何のために生まれてきたのか、本当の役割や使命がわかる。「がん哲学外来」は、その人の個性を引き出すことも目的のひとつなんですよ。

写真=杉山秀樹/文藝春秋
(#2に続きます)

ひの・おきお/1954年、島根県生まれ。順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授、医学博士。米国フォックスチェイスがんセンター、がん研実験病理部部長等を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設。著書に『がん哲学外来へようこそ』(新潮新書)、『いい覚悟で生きる』(小学館)ほか。

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