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病院の外でがん患者と医師が対話する「がん哲学外来」とは?

順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授 樋野興夫医師インタビュー#1

2017/12/04

「がん哲学外来」は「空っぽの器」のようなもの

――年々増えているそうですが、現在、何ヵ所くらいあるんですか。

樋野 「がん哲学外来」ができて10年になるけど、参加した人たちが自主的に「メディカル・カフェ」という対話の場を開く体制も整って、「がん哲学外来 メディカル・カフェ」は、全国に約140ヵ所まで広がっているよ。

――すごい、140ヵ所ですか。

樋野 だから、言うなれば「がん哲学外来」は「空っぽの器」のようなものだね。どんなに水を入れても底が抜けない空の器を用意して、私やスタッフはその器を頑丈にしているだけ。でも、丈夫な器さえあれば、何を話してもいい。どんな悩みでもいいし、誰が来てもいい場所になる。がん哲学というのは、人間学だからね。

 

――つまり、空っぽの器に誰がどんな水(悩み)を注いでもよい場所である、と。

樋野 そう。ただ、日本にはこういう器があまりないね。

先人たちの言葉=「言葉の処方箋」

――先生は、対話からその人の悩みを解決に導かれるわけですか。

樋野 「がん哲学外来」の目的は、悩みの「解決」ではなく「解消」することにあるんですよ。悩みそのものは消えずに残っていても、対話をすることで、その人の中で優先順位が下がれば、悩みを問わなくなります。それが「解消」だね。それには、自分以外に意識を向ける必要があるの。だから対話がいいんですよ。

――なるほど。

樋野 例えば、“病気の苦しい自分”という狭い視野にある状態から、一度外に引っ張り出してあげれば、客観的な視点が備わる。その一助となるのが、対話の中で私が用いる「先人たちの言葉」なんです。今、その人にとって必要と思われる先人たちの言葉を、自分なりの解釈を加えて4~5つほど伝えるんですが、私はこれを「言葉の処方箋」と呼んでいます。

――その「先人たち」というのは?

樋野 私が19歳の頃から読み続けている、南原繁、新渡戸稲造、内村鑑三、矢内原忠雄の4人です。言葉というのはね、何を言ったかではなく、誰が言ったかが大事なんですよ。同じことを言っても「あの人が言ったら腹が立つけど、あの人が言ったら心が慰められる」ということがあるでしょう。

――ああ、確かに。

樋野 だから、私の考えをそのまま伝えるよりも、先人が言った言葉として話すほうが、聞く側も素直に耳を傾けることができるし、心に残るんです。

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