小朝 調べ物がいるときは、事前に調べておいて、やるんですか。書きながら調べることはなくて。
浅田 多少はありますよ。漢字も忘れちゃうから(笑)。ずっと原稿用紙でしたけど、ほんとはパソコンでやりたい。登場人物の名前とか、ぜんぶ忘れちゃうんだもん。だから座敷で書くしかない。地図や資料が360度置いてあって、それを見ながら、書いていくから。
小朝 菊池さんの場合、資料がいるようなものでも、短い間に書いちゃったわけですよね。
浅田 ものすごい知識があったんでしょうね。それなのに細かい言葉にこだわらない。精密な言葉を使うのは、好きじゃなかったんでしょうね。
そこは芥川龍之介と正反対です。芥川はスタイリッシュな人だから、名文家ではあるけど、菊池寛を名文家だという人はいません。粗削りに見える。そのへんも清張さんに似ています。読み終わってみると、素敵だな、いいなって思う。心に残るものがあるんだ。
菊池寛が名文を書いたら、伝わらないかもしれない。いつの時代でも普遍的なものを書いていて、そこは見習うべきだと思いますよ。地味かもしれないけど、流行におもねったことを書かない。だから古くならないんです。
短編「マスク」は予言していた?
小朝 予言じゃないですけど、菊池さんの短編「マスク」が、コロナ禍で話題になりました。
浅田 スペイン風邪のあとの話で、いまでも通用しますよね。帽子かぶってマスクすると、面が割れない。助かったって言ったら語弊がありますけど、コロナの前は、夏になると、マスクで顔を隠せなかった。今は神田の書店街を堂々とマスク姿で歩けるもんね(笑)。
小朝 渋谷あたりには、コロナの前から、マスクをかけている若者もいました。こっちからだけ向こうが見えるのがいいって。
浅田 世の中、美人だらけになっちゃってさ(笑)。なんであんなにマスク美人がいるんだろうね。よく考えたら、目って、いくらでも化粧をできます。口はダメ。
小朝 マスク美男子もいますよ。阪神タイガースの矢野監督なんて、真田広之さんみたいですよ。
浅田 で、どうするんだろう。男と女が会ってさ、キスしようってときにマスクを取って、愕然としちゃって。
小朝 何もしなかったりして(笑)。
浅田 口もとに知性が出るって、よく言うよね。本を読まなくなってから、口がゆるんでる人間が多いのは、確かなんだと思うな。
小朝 そうかもしれません。