上方言葉じゃないと原作の雰囲気が出ない
小朝 極端な話、江戸の役者さんの話にしちゃってもいいんですよ。そうすると、また問題が出てくるんです。
「藤十郎の恋」は、上方の言葉でかなり得している部分があります。それを取っ払って、女の人を口説いたとしても、原作の雰囲気が出ない。今の役者さんだって、役のために、似たようなことをしている人がいるかもしれません。ただし、小説ならともかく、あの口説きの場面だけで何かをつかむっていうのを落語で表現するのは、なかなかむずかしいですからね。
浅田 何か障害が現れそうな気がします。
小朝 ですよね。
浅田 僕はね、わりと方言を多用するんです。方言って、その言葉を使う土地の気性が宿ります。江戸弁には昔ながらの東京人の気性が宿っているんです。方言が破壊されると、その気性も破壊されます。江戸前のダンディズムは、言葉が破壊されてなくなりました。
言葉は敏感で、風土とともにあるものだから、とても怖い。師匠のおっしゃることはわかるけど、「藤十郎の恋」はどうしましょうか。そこまで考えていたら、演らぬ手はないと思いますけど。
小朝 すっきりしないんです。宿題みたいに残っていて。
浅田 僕は高座を見たいですね。
小朝 ありがとうございます。
浅田 いずれにせよ、小朝さんのような落語の天才が、菊池寛の小説に興味を持ってくれて、現代によみがえらせてくれるっていうのは素晴らしい。
いや、草葉の陰でよろこんでいると思いますよ。菊池さん。
(プロフィール)
あさだじろう 1951年東京都生まれ。97年『鉄道員』で直木賞、2017年『帰郷』で大佛次郎賞受賞。15年紫綬褒章受章。19年菊池寛賞受賞。
しゅんぷうていこあさ 1955年東京都生まれ。落語家のほか俳優としても活躍。2015年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。20年紫綬褒章受章。
(「オール讀物」1月号より)