淡々と話していたグエンが私の目をじっと見て続けた。
「変なことになれば、あなた殺す」
物騒な言葉に店内の空気が一瞬固まった。私は息を呑んだが、グエンの目を見返した。グエンは静かに言葉を続けた。
「あなたが思っている以上に、日本で暮らしているベトナム人は大変だ。その気持ちを分かるのは、同じベトナム人か日本人以外の外国人。連絡も、記録が残らない方法を使う。仲間はSNSで集めた。困っているベトナム人はたくさんだから。誰かが裏切れば、自分が暮らすこともできなくなる。結束は固い。助け合い、生きている」
「日本人はベトナム人を馬鹿にしている」
おそらくは知り合いのベトナム人や外国人が経営する飲食店で、グエンは窃盗した家畜を売り捌いたのだろう。また、連絡手段においては日本の暴力団や半グレも顔負けである。通信記録の残らないシグナルやテレグラムなどの通話アプリを使いこなしていることが把握できた。さらには、ベトナム人不良グループのメンバーは、困っているベトナム人が要員となっていて、SNSで連絡を取り合い集めたことが理解できた。
「しかし、何年も時間をかけて育てた家畜を盗まれた業者のことは考えないのですか? あなたたちが困っているのと同じように彼らも困っているのですよ」
私が問いかけると、今まで無表情だったグエンが少しだけ動揺したように見えた。
「悪いと思っている、本当。だけど自分たちも日本人に騙されてきた感覚がある。仕事は単純作業。給料安い。住む部屋は狭い。意味のない雇用保険のお金とか引かれる。もっと稼ぎたくても働かせてもらえない。日本人に媚びるベトナム人だけ評価される。日本人はベトナム人を馬鹿にしている。ずっと我慢してきた」
「犯罪をおこなう理由は日本人への復讐ですか?」
「違う。家畜を盗んだのは生きるため。ベトナム人の誰もが、犯罪したくてやってない。今までも困っていたベトナム人は、コロナでもっと大変になった。解雇されたり、ベトナムに帰れなくなったりした。私たちはとても苦しい」
グエンは怯えたような表情をして答えた。私はそれ以上グエンを責める言葉を口にできなくなった。