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「非常に危険な人物」“伝説の工作員”が日本のスパイ事件に関与 北朝鮮スパイにとって「日本は安全」なワケ《韓国人ジャーナリストが解説》

2021/12/28
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 この映画の多くの登場人物は実在する人物がモデルになっている。「黒金星」のモデルになった人物は、韓国の国家情報院の対北朝鮮工作員として活動したパク・チェソ氏だ。そして、北朝鮮のベテラン要員として登場した対外経済委員会所長のイ・ミョンウンのモデルとなった人物が、今回、日本で発覚した事件の“黒幕”リ・ホナム氏なのだ。リ・ホナム氏は米韓情報当局の視察の対象でもある。

“黒幕”リ・ホナム氏は米韓情報当局の視察の対象

 彼は1990年代、「黒金星」パク・チェソ氏のカウンターパートであり、2005年には韓国の女性歌手のイ・ヒョリと北朝鮮舞踊家のチョ・ミョンエが出演したサムスン電子のANYCALL(携帯電話)の広告を成功させて大きな話題を集めた。

映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』予告編より

 パク・チェソ氏は、リ・ホナム氏について、韓国メディアのインタビューでこう明かしている。

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「1954年生まれで、金日成(キム・イルソン)大学で資本主義研究を行い、『朴正煕(パク・ジョンヒ)の経済開発政策』の論文を書いた」

工作活動は「テロ」から「外貨獲得」へ

 リ・ホナム氏が所属する偵察総局は、2009年2月、北朝鮮人民武力省(現国防省)傘下の工作機関として発足し、対南・対外工作を総括する組織となった。かつての朝鮮労働党作戦部と35号室、人民武力省傘下の偵察局を統廃合したものだ。

 注目されるのは、偵察総局の発足が、金正恩国務委員長がまだ後継者だった時代に、軍と情報・工作機関を本格的に掌握し始めた時期だという点だ。今回の事件が2016年末から準備が始まっているという点で、金委員長に日本内の重要工作として報告されて進められてきた可能性が高い。金正恩政権後、対北朝鮮制裁による経済的困難で、北朝鮮の工作活動が敏感な情報を探り出したり、テロを加えるなどの伝統的方式から、外貨を稼ぐ経済的な方向へ移ったパターンとも合致する。

©️iStock.com

 北朝鮮偵察総局は日本とも深い悪縁がある。

 1977年11月に新潟で拉致された横田めぐみさん(当時13歳)は労働党作戦部工作員によって連れ去られた。労働党作戦部は日本を対象にしたテロや工作を主導してきたが、現在は偵察総局に吸収されている。つまり、現在、対日本工作を担当する組織は偵察総局であるということだ。

 金正日(キム・ジョンイル)総書記は、2002年9月、小泉純一郎日本総理との日朝首脳会談の際、「特別捜査機関の一部の妄動主義者が英雄主義に縛られ、こうしたこと(日本人拉致)をしてきた」と、日本人拉致問題に対して謝罪したが、その後も北朝鮮は依然として対日工作活動の野望をあきらめなかった。