日本内の北朝鮮工作員の活動は時代ごとに変化してきた。1970~1980年代には在日朝鮮総連を通じた日本国内の情報収集と労働党作戦部による日本人拉致が主な任務だった。北朝鮮が核・ミサイル開発に力を入れていた1990年代から2000年代までは、先端電子技術や装備、素材を盗んだり、密かに北朝鮮に送ることが重要になった。金正恩政権になってからは、北朝鮮は工作機関の活動の照準を外貨稼ぎに合わせている。
平壌(ピョンヤン)美林(ミリム)大学などの専門養成機関で集中教育を行った6000人規模のハッカーを動員し、世界各国の銀行や金融機関から金を盗み取ったり、仮想通貨を盗み取ったりするというやり方だ。警視庁が摘発した今回の事件は、日本国内に貿易会社を設立して外貨獲得の可能な拠点を作ろうという試みだったといえる。つまり、対北朝鮮制裁網を突破できる脱出口を、北朝鮮工作機関が東京のど真ん中で見出そうとしたということだ。
なぜ北朝鮮スパイにとって日本は安全なのか
北朝鮮工作員たちの日本内での活動が続いているのにはいくつかの背景がある。第一に西側諸国などに比べたら、日本は依然として、北朝鮮スパイに安全な場所であるからだ。日本語教習などを通じてある程度言語が上達すれば、似たような外見のため、日本滞在活動が容易となる。また、有事の際、朝鮮総連の助力を受けることができるだろうし、危険にさらされた場合は韓国や北朝鮮への公式、または非公式(工作船などに乗って帰還)脱出が可能だ。
第二に、日本のお粗末な対北朝鮮警戒網にも原因がある。警視庁は今回の事件を「スパイ事件」と判断しながらも、リ・ホナム氏など、背後に対する捜査はおろか、韓国籍男女に対しては起訴猶予処分を下すにとどまった。韓国へ亡命した元北朝鮮工作員は、「北朝鮮招待所で工作員に対し、"日本ではせいぜい6カ月ほど処罰を受ければいい"というふうに教育している」と話した。
第三に、北朝鮮が駆使する多様な工作手法が日本で通じるからだ。今回の事件の場合も、韓国国籍の男女を動員して日本側を安心させ、摘発された場合も背後にいるリ・ホナム氏らベテラン工作員は、日本当局に逮捕されたり、調査を受けることを避けることができた。
60~70代の比較的高齢人物を前面に出すことで疑いを避けようとした点も目を引く。
1987年の大韓航空(KAL)機爆破テロ時、北朝鮮工作員の金勝一(キム・スンイル、日本名=蜂谷信一)氏は実際には59歳だったがパスポートには70歳と記載。金賢姫(キム・ヒョンヒ、当時25才、日本名=蜂谷真弓)氏と親子関係に偽装することで、検索通過などが容易にできた。
問題は、日本を対象にした北朝鮮の工作活動が今後さらに幅を利かせかねないという点だ。