『千と千尋の神隠し』で一番要となるシーンは、ラスト間際、主人公・千尋が、湯屋“油屋”のある世界からトンネルを通って帰っていく場面だ。このシーンの見せ方が、『千と千尋』という作品の持つ意味合いを決定づけているといってもいい。

『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)は2001年公開。興行収入316億8,000万円(当時の日本歴代興行収入第1位)を記録した大ヒット作というだけでなく、第52回ベルリン国際映画祭で金熊賞、第75回アカデミー賞でアカデミー長編アニメ映画賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を受けた作品である。

初公開時の特報映像( 東宝MOVIEチャンネルより)

 物語は10歳の少女・荻野千尋が、引っ越しの途中で怪しい町へと迷い込んでしまうところから始まる。そこにあったのは神々が通う湯屋“油屋”。両親が豚になってしまった千尋は、湯屋の主である湯婆婆に名前を奪われ、千(せん)として湯屋で働くことになる。

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当時の日本歴代興行収入第1位になる大ヒットとなった『千と千尋の神隠し』

 千はそこで、湯屋で働く謎の少年ハク、お客のカオナシと出会い、さまざまな出来事に巻き込まれることになる。宮崎監督によれば、本作の発想の原点は知人の10歳の娘のために考えたもので、同時に『雀のお宿』や『鼠の御殿』といった昔話の直系の子孫、である作品だという。

「昔話」の先にある演出

 やがて、すべての昔話が終わるように、試練を超えた千尋はこの世界を後にする。その時、彼女とその両親は、この世界にやってきた時に通ったトンネルを再び逆方向に通っていくことになる。

 この場面は、トンネルを歩く千尋の足元にフェードイン(暗い画面から徐々に明るくなること)するところから始まる。その後、千尋と両親がトンネルを進むカットが3つ重ねられる。

 実はこのカットは、順番を入れ替えたり、背景を一部変更はしているものの、序盤のトンネルを進むカットがそのまま使われているのである。キャラクターの歩く方向や演技、そして台詞も序盤のままだ。

 当然この場面は、強い違和感を産むことになる。序盤の場面が繰り返されることで、観客はまるで、千尋は湯屋のある世界に行かず、ずっとトンネルを歩いていただけのような、そんな感覚を味わうことになる。

 それを強調するのが、千尋の足元を映し出す時のフェードインだ。これが加わることで、その前に描かれた湯屋の世界との時間的・空間的断絶感が強調される。湯屋での出来事があたかも夢から覚めるように、黒コマの向こう側に切り離されてしまう演出効果があるのだ。