ジブリ映画『千と千尋の神隠し』(2001年)が1月7日に「金曜ロードショー」で放送される。エンディングに流れる主題歌「いつも何度でも」は、観た人それぞれの心に深い印象を残している。歌手の木村弓さんと、宮崎駿監督との手紙によるやり取りで「いつも何度でも」は生まれた。だが実は、『千と千尋』ではなく“幻のジブリ作品”の主題歌となるはずだったのだという。その知られざる経緯、歌の冒頭の「呼んでいる 胸のどこか奥で いつも心踊る 夢を見たい」という忘れがたい歌詞が採用された“秘話”について伺った。(全3回の1回目/#2#3に続く)

『千と千尋の神隠し』より

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『もののけ姫』から「いつも何度でも」が生まれた

――『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」は、木村さんが『もののけ姫』(1997年)をご覧になったことで生まれた曲だと聞いています。

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木村 宮崎(駿)さんの作品が好きで、『風の谷のナウシカ』(1984年)から観ていました。「こんな透明感のある作品を作る方が日本にいるんだ」って、うれしい驚きがあったんですね。それで機会があるごとに宮崎監督の作品を観ていたんですけど、大ヒットした『もののけ姫』だけは公開から1年くらい経っても観なかったんです。人混みが大の苦手なもので、どうしても劇場に足を運ぶことを躊躇してしまって。

 でも、米良(美一)さんが歌われた主題歌「もののけ姫」は聴いていて、よく私のコンサートでも演奏させていただいていたんです。その頃、すでに私は竪琴(たてごと)・ライアーで弾き語りをしていて、「歌っているからには映画を観ておかないといけないな」と思い立って、新宿の小さな劇場へ向かいました。公開されてから1年後でしたけど、それでも立ち見の状態でした。

『もののけ姫』より

――「いつも何度でも」が生まれるきっかけになった『もののけ姫』のどういうところに、木村さんは触発されたのでしょうか。

木村 宮崎さんの作品の物語は、いわゆる王道の“勧善懲悪”ではないと思うんです。善玉側のキャラクターも問題を抱えていたり、悪玉側のキャラクターにも共感できる部分があって、完全な悪とは思えないような描き方をしている。そういうところに感銘を受けました。

『もののけ姫』は人と人の対立、人と森の対立が大きなテーマでしたが、他者との戦いだけでなく、主人公アシタカ自身の中にある憎しみとの戦いも見つめることになります。つまり、憎しみが湧くと彼の腕が痛み出し、他人を苦しめることで自身の傷も深くなる。

 シシ神が現れ、その光を浴びたことで癒やされますが、やはり痛みが伴うんですね。痛みを通して癒やされる描写も印象深くて。悪いところを取り除くことで問題が解決するというような、どちらかというと西洋医学的な考え方ではなく、すべてがひとつの生命体としてつながっている。エンターテインメント作品でそういったことを前面に提示しているところが素晴らしいなと思いました。

 このような捉え方は、当時海外でも一般の人たちの間では、まだあまり注視されていなかったように思います。私は学生時代、アメリカのカリフォルニア州に6年半ほど留学していた時期がありましたが、こんな作品を海外の友人たちにも是非見せてあげたい、きっと新鮮に感じて喜ぶだろうとも思いました。

「宮崎さんに伝えないと、手紙を書かないと」

歌手の木村弓さん。ご自宅でお話を伺った

――ある時木村さんは、ご自身が弾き語りする「もののけ姫」をテープに録音されたのですよね。

木村 そうなんです。その当時、私が行っていたのは小規模のコンサートでしたけど、集まる皆さんは「もののけ姫」の歌を喜んでくださっていました。アンコールで「もののけ姫」を歌おうと思っていたけど、歌わなかったステージがあったんですね。すると、ある友人が「残念、聴きたかった!」と言うので、「じゃあ、テープに録ってあげるね」と。家でカセットテープに録音して、ちゃんと録れているか再生して聴いていたら、「宮崎さんが生みだすあのキャラクターたちに自分の歌で花を添えられたら……」という思いが急にこみ上げてきて、涙があふれ出したんですね。不思議な感じというか、自分でもこれはちょっと普通じゃないなと思いました。

 その後も思いがずっと消えなくて、「宮崎さんに伝えないと、手紙を書かないと」って、いつまでも誰かに言われ続けているような感覚でした。ただ、手紙を書くって私には結構面倒なことだったんですね(笑)。それでも「伝えたい、書きたい」が一向に収まらなかったんです。