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「相撲は奥が深いから、取っていて楽しいと思ったことがない。寄り切り一つを取ってもいろんな動作が詰まっている。手、足、腰、頭。それこそ全身を使い続けるスポーツだから」

プライドよりも、最後の最後まで勝つことにこだわった

 どんな横綱でも不振が続けば引退へと追い込まれていく。土俵人生の瀬戸際で何度か粘ったからといって、自分の中で限界を悟る時期は必ず訪れる。そうした状況で迎える場所は「進退を懸ける」と銘打ちながら、内心では「もう終わりかもしれない」との覚悟も実は秘めている。体はけがだらけで往年の相撲を取れなくなったとしても、最後は最高位を極めた己にけりをつけるために自分自身の取り口で勝負。勝てなくなり、通じなくなったと感じた瞬間が決断の時だ。

 しかし白鵬にその理屈は当てはまらなかった。引退記者会見で明かしたように、名古屋場所10日目の夜に今場所限りと決意したにもかかわらず、残り5日間も内容ではなく徹底して結果にこだわった。14日目の大関正代戦は立ち合いで徳俵まで下がる奇襲。批判やブーイングを浴びようとも、目の前の白星をつかみにいった。

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白鵬 ©日本雑誌協会

 新横綱場所で負った左大胸筋のけがに苦しんだ二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)は進退を懸けて臨んだ2019年初場所で、自らの原点である左おっつけ、突き、押し、ぶちかましにこだわった。ただ初日から3連敗で引退を決断。「一片の悔いもありません」と言えた自身と白鵬を比べ「ここが最後の場所になるかもしれないと感じたら、最後くらいは自分の形でやり切りたいと思うもの。でも白鵬関の場合は自分のスタイルを貫き通すというプライドよりも、最後の最後まで勝つことにこだわった。これはある意味ですごいことだ」と分析した。

稀勢の里 ©文藝春秋

大横綱が示した「すべてを出し尽くした潔さ」

 一時代を築いた大横綱は満天下に強さを示した時期が長かったからこそ、引退の瞬間は余計に寂しく映る。大鵬は尻から落ちて敗れ、強気な北の湖はまともに引いて土俵を割った。千代の富士は思わぬとったりに脱臼癖のある肩をかばうように転び、闘う相手から目をそらすことがなかった貴乃花は出し投げに泳ぎながら背中を向けて脱力した。しかしその姿には全てを出し尽くした潔さがあった。大鵬は貴ノ花で、千代の富士は貴闘力だったが2日前の貴花田(後の貴乃花)が事実上の最後の相手でバトンを託した。北の湖はこけら落としの両国国技館の土俵に立てた感慨で決別。貴乃花は新たなけがを負った時点で見切りをつけ、途中休場から引退時期を探し求めるかのごとく2日後の再出場から4番取って決断に至った。