――肝が据わっていらっしゃるような。ただ、当時の近藤真彦さんは、トップアイドル中のトップアイドルでしたよね。
武田 世の中の同世代、または上下5歳ぐらいの女の子たちは、「マッチかトシちゃん、どっち好き?」ってね、そういう時代でした。でも、私は沖田浩之さんという方が好きだったんですよ。ちょっとマッチとは違う、悪っぽい感じの人がタイプでして(笑)。もちろん人気者なのは分かっていましたよ。でも、そんなに緊張しなかったのは、大ファンじゃなかったからかもしれないですね。
トラック何台分ものカミソリ入りの手紙が…
――しかし、武田さんは落ち着いていても、近藤さん側のファンの方々は落ち着いていられなかったのでは。
武田 それはもう大変でした。どこのロケ現場に行っても、2,000人くらいファンの方がいたんです。ファンの声が凄くて、マイクを付けていても声が録れないんですよ。「キャー」とか「やめろー!」とか。だから外での撮影は、すべて後録(あとろく)といって、後で声だけ録音しました。初体験ですよ、アフレコとか。そこでしごかれたのでアフレコは得意です(笑)。あと、よっちゃん(野村義男)が乗って帰ったタクシーが、ファンに囲まれて浮いてましたね。
――なかなか激しいですね(笑)。嫉妬も相当受けたりしたんでしょうか。
武田 まぁ、すごかったですよ。カミソリ入りの手紙が、トラック何台分だったか、会社と自宅に送られてきて。手紙を開けると指が切れるようになっているんです。絶対本人も作るときに手を切ってると思うんですけど。だから手紙は…、その後10年くらいは開けなかったですね。
でもまぁ、そんなことは何とも思わず。だってもう、それぐらい人気者の相手役をゲットしてしまったんです。ある程度のやっかみは仕方ないだろうって思ってました。ただ、あまりにもファンの熱が凄すぎて、電話も鳴りっぱなしで番号も何回か変えたりと、実家に住んでいたので家族には迷惑掛けましたね。