「世界のどこかにはこういう人がいるかもしれない」

 子供を持つことに強い執着を抱く女性が、記憶喪失の青年と出会い彼を息子代わりにしようと思いつく。そんな突拍子もない物語から始まる映画『三度目の、正直』(1月22日公開)は、1人の女性の狂気にも似た衝動を描きながら、現代に生きる人々の抱える痛みを浮かび上がらせる。

 監督は、濱口竜介監督『ハッピーアワー』(2015)、黒沢清監督『スパイの妻』(2020)で共同脚本を務めた野原位。主人公の春を演じるのは、『ハッピーアワー』に出演し、他の3人の出演者と共にロカルノ国際映画祭最優秀女優賞を受賞した川村りら。今回は野原監督と共同脚本も手がけている。『ハッピーアワー』の出演者が再び集結し、神戸出身のラッパー、小林勝行が春の弟・毅役を演じた本作。まるで現代のジョン・カサヴェテス映画と呼びたくなるような濃密な人間ドラマ『三度目の、正直』は、どのように生まれたのか。

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野原位監督

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――今回、『三度目の、正直』は野原さんにとって劇場デビュー作となるわけですが、製作の経緯をまず教えてください。

野原 『ハッピーアワー』で知り合った川村さんが元々映画制作に興味がありシナリオの勉強をしていたと聞き、次は一緒に脚本を書きませんかとお誘いしたのが始まりでした。『ハッピーアワー』で共同脚本という形を経験して、誰かと一緒に脚本を書くことに手応えを感じたし、特に女性と一緒に書くのはキャラクター造形を考えるうえでもいいんじゃないかと思い、川村さんにお願いしました。

――川村さんは元々共同脚本という形で、主演の予定ではなかったんですか?

野原 実は当初は別の方を主演に考えていて、川村さんと初めに書いた脚本も全く別の話でした。それが諸事情でその方の主演が難しくなり態勢を一から立て直すことになったんです。すでに企画は動き出していたので、1カ月後には撮影を再開しないといけない。それなら大きく話を変えるしかない。ずいぶん悩んだのですが、もしここで諦めたら自分はもう一生映画を撮れないんじゃないかという気がして、川村さんに改めて主演をお願いし、脚本を大幅に書き直し再スタートしました。突然主演に、というのは川村さんも驚いたと思いますが、「いま主役をやる覚悟を持った人がいるとしたら川村さんしかいないです」とお話しして引き受けてもらいました。役柄同様、本当に腹が据わった人なんですよね。