ドキュメンタリーであれ、カメラの前に立つという経験は同じ
――春の弟・毅役を演じた小林勝行さんも、独特の存在感が素晴らしかったです。小林さんとはどのように知り合ったんでしょうか。
野原 小林さんが以前出演された『寛解の連続』(2021)というドキュメンタリー映画があり、その監督の光永惇さんが撮った小林さんのミュージックビデオに、僕がエキストラとして参加したのがきっかけでした。第一印象で、とても人に気を遣われる方なんだなと驚かされ、その後『寛解の連続』を見てさらに惹かれました。演技は未経験ということでしたが、ドキュメンタリーであれ、カメラの前に立つという経験は同じ。この人に出てもらったらきっとおもしろくなるだろうなと、オファーさせてもらいました。
――毅がラップをするシーンもこの映画の大きな見どころですが、ラッパーとしての小林さんを撮ってみたいという気持ちがあったんでしょうか。
野原 そうですね。それと僕は映画のなかで見るライブやステージシーンってすごく好きなんです。クレール・ドゥニの『パリ、18区、夜。』(1994)に出てくるステージシーンとか謎めいていて大好きで。ちなみに僕のなかでは、俳優としての小林さんは若い頃のビートたけしさんに匹敵する人だと思っています。これほどの暴力性と不器用さを兼ね備えた人はそうそういないですし、これを機にぜひいろんな映画に出演してほしいですね。
――終盤、毅と、妻の美香子が車中でラップのように言い合うシーンの迫力はすごかったですね。
野原 あそこはシナリオでもしっかりとはセリフが決まっていなくて、美香子を演じた出村弘美さんに、その場で箇条書きにしたセリフを渡しながら覚えてもらいました。小林さんにはセリフを渡さず、出村さんの言葉にその場で反応してもらうようにお願いしました。小林さんは、人の話を聞いてリアクションをすることに関して天才的な人なので。そうしてリハーサルを繰り返し微調整しながら、芝居は長回しで7、8分ずっと撮る。それを5、6回くらい繰り返して撮っていきました。