これは観客が感情移入する物語ではないだろう
――子供を持つことに病的なほど囚われている女性の物語は、どこから生まれたのでしょうか。
野原 苦境に立たされても生き抜く強さを持った女性を描いた映画をこれまで色々見てきて、自分もいつかこの主題で撮ってみたいという気持ちがありました。川村さんも、特に40代くらいの女性がどう生きていくかについてとても敏感に考えている方なので、そういう女性をしっかり描いてみようと、2人で決めたように思います。
それと家族のこと、特に子供のことを描きたかった。『ハッピーアワー』が主に男女の恋愛や結婚の話だったので今回はその先を、というわけではないんですが、女性を描くならやはり子供というテーマは避けられない気がして。どういう話にするべきかと考えるなかで、記憶喪失の子を拾う主人公という設定が生まれてきました。
――ある意味で突飛な設定ですが、見ていくうちに物語が説得力を持ち始め、ぐいぐい引き込まれていきました。
野原 ひとつ考えていたのは、これは観客が感情移入する物語ではないだろうということでした。でもたとえ共感できなくても世界のどこかにはこういう人がいるかもしれないと思える。そういう存在感のある人々を描きたかったんです。
――今回、川村さんをはじめ、『ハッピーアワー』の出演者が大勢参加していますが、その多くはいわゆるプロの俳優さんではないですよね。やはり普通の演技とは違うものを映したい、という理由からそうした方々を選ばれたのでしょうか。
野原 あえてプロでない人を選んだというより、今回劇場デビュー作を撮るにあたり、濃密な信頼関係のある人たちにお願いしたいという思いがまずありました。みなさんいわゆる芸能事務所に所属するプロの俳優ではないけれど、川村さんを始め以前『ハッピーアワー』に出演した方々は濱口さんの独特な“本読み”を経験した人たち。他も演技は初めてでも様々な形でカメラの前に立ったことのある方々で、だからうまくいったのだと思います。本当に未経験の人たちばかりだったら、前回のようなワークショップとまではいかなくても、やはりもっと時間がかかったでしょうね。カメラの前で演じるというのは本当に難しいことなので。