天城越えで「メロメロ」になった克行
しかし、2000年の衆院選では再び落選。無所属で立ち、後に自民党入りをする元大蔵官僚の増原義剛(55歳)に敗れた。この浪人中に出会ったのが、科学技術振興事業団に勤めていた案里だった。同事業団の専務理事だった沖村憲樹が紹介役だった。
沖村によると、職場の食堂で克行に案里を引き合わせた。その夜にカラオケで案里が『天城越え』を歌ったのを聴いて、克行は結婚を決めたという。こぶしを利かせて歌う案里の姿に「主人がメロメロになった」と案里本人が話のタネにしている。克行は「案里をひと目見て、オーラがあってしびれた」と話していたという。
翌01年4月に2人は結婚。克行38歳、案里27歳の春だった。
同月20日、広島市中区のホテルで開かれた披露宴には、元総理大臣の橋本龍太郎をはじめとする国会議員、当時の県議会議長ら政財界の関係者が多く出席。参加者に配られた式次第には、夫妻からのお礼の言葉としてこんなメッセージが添えられている。
「私たち新郎・新婦の眼の前には、これから二人で力を合わせて取り組んで参る課題が数多くありますが、なにぶんにも未熟者でございますので、皆様のご指導を何卒心から宜しくお願い申し上げます」
この披露宴に出席した支援者の男性は、克行をこう評する。
「頭は切れるし、仕事もできる。ただ、性格は悪い」
ポスター貼りを手伝った際、少しずれただけでも克行から怒られたという。
昔からの克行を知る元秘書は、その性格を「0か10の人間」と評した。「上から目線で一方的。人を𠮟ってもけろっと忘れる。でも、人にはない能力も持っている。例えば、戦略を練ることや交渉力にたけている。相手を見る力がある」という。地盤も看板もない中、「賢さとガッツで成り上がった。だからお金にはシビア」と振り返る。