「私たちは"子殺し"事件と紙一重の生活」
前出の中西さんによれば、昨夏に発足した「親の会」には、補償対象外となった脳性麻痺児を持つ親たちから多くの声が寄せられている。その中には、子どもを施設に預けようか考えていた人や障害児とわかった途端に夫が蒸発したシングルマザー、親族から縁を切られた人もいるのだと言う。不合理な基準によって対象外となった家庭への救済について、中西さんがこう訴える。
「産科医療補償制度のためにプールされている剰余金は635億円に上ります。補償対象外とされた456人への補償は137億円程度で可能なので、この剰余金で対応ができるはずなんです。『お金、お金と言って』とよく思わない方もいるかもしれませんが、審査の線引きが間違っていた以上、おかしいものはおかしいと声を上げていきたい」
その根底には、子どもたちへの痛切な思いがある。
「ほとんどの場合、親は脳性麻痺児を残して先に死にます。お金の問題だけではありませんが、将来を悲観して自分の子どもを殺す“子殺し”の事件がよく報道されていると思います。私たちは、その悲しい事件と紙一重の生活をしているんです。綺麗事ではなく、子どもに正当な補償を残してあげたいという一心なんです」
2人の母もそれぞれに、現状に対する不安や将来への危惧を口にする。
「もし今からでも補償してもらえるのなら、まずは家のバリアフリー化、そして翔奏が将来暮らしていくための資金として少しでも取っておきたいですね。高校までは支援学校もあるので、子どもが学校に行っている間に働くことも可能ですが、大変なのは高校を卒業してから。今は将来のことを考えると不安しかありません」(澤田さん)
「本当は経済面に余裕ができれば、リハビリにもう少し手をかけて、小さなことでもいいので美羽が自分でできることを増やしてあげたいんです。月々の介護費用ももちろん負担ですが、車椅子や装具はサイズアウトによる買い替えも必要なので痛い出費になりますし、精神的にも不安が大きいです。補償金があるのとないのとでは、安心感が全然違います」(田中さん)
昨年12月24日には、中西さんら「親の会」が厚労省と日本医療機能評価機構に救済を求める要望書を提出した。今月18日には3者間で意見交換会が始まったほか、19日に行われた産科医療補償制度の運営委員会では補償対象外児に対する議論もなされるなど、徐々に問題は認識されつつあるようだ。
「ただ、第一回目の意見交換会では『意見を聞く会ですので、回答は差し控えます』と言われました。日本医療機能評価機構の理事が断りもなく出席されなかったのは大変残念ですし、私たちの問題を軽視しているのではないかと感じています。
そもそも、これまで議論さえされてこなかったことが大きな問題だと私たちは思っています。議論さえされない、それは、国に見捨てられたことを意味します。国には私たちとともに、どうすれば障害児家庭がより良く過ごせる生活が送れるか考え、解決していただきたい。私たちは子どもが障害を負ったことで苦しみ、そして今また、不合理な制度に苦しめられている。2度の苦しみを味わっているのです」(中西さん)
制度改革の狭間で苦悩する当事者の声はどこまで届くのだろうか。