文春オンライン

「いまであれば“セクハラだ”と当然言われる状況であった…」女性司法修習生に求められていた“夜の修習”の実態に迫る

『あなた、それでも裁判官?』より #2

2022/01/29

genre : エンタメ, 読書

note

「修習生に休暇はない」

 翌年の4月5日はわが子の誕生日、そして小学校入学の日であった。研修所入所のとき全員に配布された「修習生心得」には、「修習生は24時間、365日が修習である。“休日”という観念は持ってはならない。休暇は原則無いものと思って2年間の修習に励むよう」との趣旨が記されてあった。休暇は人間が人間らしく生きるための労働者の権利であり、憲法の基本的人権のあらわれとして労働法上も認められたものであるが、修習生はその対象ではないといわんばかりの「修習生心得」である。修習地を離れ、県外へ旅行するときも、最高裁へ許可願をだすようにと「心得」には書かれており、修習生の行動は厳しく制限されていた。ちょっとしたことで「罷免」という事態になることも予想され、日常の行動や言動について、修習生は神経質にならざるを得なかった。

 刑事裁判の修習中、こんなことがあった。同じ班のある男子修習生が部長(裁判長)に対して、「お願いがあります。下宿を替えるので、引越します。午前中休ませてください」と言った。部長は「ああ、そうですか。下宿を替わるのは大切なことですね。結構です」と抑揚のないいつもの口調で、しかしはっきり答えた。私はこのやりとりを隣りの席で聞いていたので、意を決して部長に「お願い」にいった。

©iStock.com

「4月5日は子どもが小学校に入学します。入学式にいってやりたいので、半日休ませてくださいませんか……」

ADVERTISEMENT

「……」

 部長は絶句した。何分待っても答えはなかった。下宿を替わりたいからという男子修習生には、すぐに「いいでしょう」との返事がありながら、私には、良いとも悪いとも言わない。明らかに驚きと、呆れ。そして「そらごらん、子どもをもって研修所などに来るから、困るのはお前さんだろう」と顔に書いてある。1年前の女性修習生差別発言は、何ひとつ解決されていない。女性のくせに、それも子持ちのくせに、男が生命をかける司法界に入ってくればどういうことになるのか、よく考えろ、ということだったのだ。

 私はバカなことを聞いてしまったと後悔した。前年の一連の差別的発言は裁判官全体の発想だということを、私はまだわかっていなかったのだ。元・夫にしても同じ態度をとるに違いない。

「女のくせに、母親のくせに、司法研修所などに入るからだ。入学式に行ってやりたいなんて甘えたことを言うな!」という反応は、当然予想すべきだった。下宿を替わることが大切なら、子どもの一世一代の入学式に母として参列することはもっと大切だ、と思った自分の考えの甘さをとことん思い知らされた。裁判所に子どもの話、家庭の話を持ち込んではいけない。私は引き下がった。そしてこのとき以来、事前に理由を言って休暇をとろうなどとはしないことにした。たとえ子どもが熱を出して苦しんでいても、私は本当のことは言うまい。私自身が体調を崩したことにしなくては、休むことはできない。労働者の有給休暇や、最近話題の介護や育児休業制度など、考えることもできない裁判所の研修生の姿がそこにあった。