長年に渡り司法分野に携わる女性の比率は低く、2016年(平成28年)に内閣府が行った調査によれば裁判官20.7%、弁護士18.3%、検察官22.9%に留まっている。離婚を機に子育てをしながら司法試験に合格し、弁護士となった中村久瑠美氏が法曹会に足を踏み入れた1976年(昭和51年)には各職とも全体の約2%程度しか女性人口がいなかったというのだから驚くほかない。

 圧倒的多数を占める男性の中で働く女性の司法関係者は、当時どのような境遇にいたのか。ここでは、中村氏の著書『あなた、それでも裁判官?』(論創社)の一部を抜粋。女性の司法修習生と教官との関係性について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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「女に裁判なんてわからない」

 当時の研修所では、修習生が教官の自宅を訪問することがよく行なわれていた。先輩法曹の私的生活に触れさせ、全人格的教育をしようという配慮だったのか、研修所当局も積極的にこの教官宅への訪問をすすめていた。

 元・夫は教官でもないのに、「修習生時代に先輩の裁判官から家庭訪問をさせてもらって世話になったのだから、自分も修習生を自宅に呼びたい」と言っては、札幌市の官舎に大勢の修習生を招いていた。私はそのたびに酒や手料理で大忙しだったが、それはそれで結構楽しかった。

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 酒が入れば本音が出る。自宅でくつろぐ裁判官に接すると、その人となりが分かる。奥さんを見れば、またその人間が見える。「若い修習生にルミを見せてやりたいんだよ」などと、機嫌のよいときにはそんなことも言っていた。あれから数年、今度は私がその裁判官宅を訪問させてもらう側に回ろうとは……。

 それはともかく、この裁判官宅訪問もまた物議をかもした。最高裁は教官宅訪問を司法修習の一環ととらえるあまりか、入所式に配布される「司法修習生心得」という修身本には、「教官宅訪問の際には手土産を持参するように」とまで書かれていた。

 司法修習生といえば、平均年齢27、8歳の大人である。小中学生ではあるまいし「手土産を持って訪問せよ」との指示にはみな呆れて、非難ごうごうであった。当時の最高裁の修習生への管理や締め付け、生活干渉は相当なものがあり、我々修習生は常に監視されているような窮屈さを感じていた。