毎日“100万人”の感染者が出ていながらパニックが生まれない理由
毎日50万人近い(日本の人口でいえば100万人だ)感染者が出ていながら、パニックになっていないのは、諦めとか、軽視とか、老人が死ぬのは仕方ないからではない。とりあえず、診察を受けられ、入院できるという安心感からである。
「コロナと共に生きる」という言葉の意味は、フランスでは、自己責任の強調でも風邪と変わらないといった軽視でも、経済優先でも、老人は死んでもいい、というのでもない。最も脆弱な者を守るというのが新型コロナに対するフランスの大前提である。そのため規制をしつつ日常生活も遂行するということである。
衛生パスや人数制限もマスクの着用もそうだ。テレビでもワクチンや感染防止対策のスポットCMが頻繁に流れるし、表示もよくみかける。メトロの駅や車内では「皆さんの健康のためにマスク着用を忘れないようにしましょう。さもないと16歳以上は135ユーロの罰金です」というアナウンスが流れる。
マスクは公共交通機関や会社や商店、公共施設など閉鎖空間では一昨年の秋以来ずっと義務である。野外においてもパリなど大都市では、着用義務があった。ところが、今年1月11日に行政裁判の最高裁である国務院で「個人の自由に対する過度の、不均衡で不適切な干渉」であるとの判断が出て取消になった。ただし、対象を絞れば規制できるので、パリ市や近郊ではすぐに屋外市場、集会、バス停や駅周辺、登下校時の学校周辺などでの着用義務命令を出した。
道路は渋滞しているし、スケートボードや自転車は信号無視して突っ込んでくる。近所を歩いている限り、マスクをしている人がいる以外はコロナ前と変わらない。
エッフェル塔を望む広場の「コロナの前は人で一杯で地面も見えないぐらいだったんだ」
だが、さすがに繁華街に出ると違う。
バーゲンが始まったのだが、デパート周辺でもいつものひしめく買い物客の姿はない。外国人観光客の威力、恐るべし。まあ、昨年は閉店だったからまだましとはいえるが。
エッフェル塔の見えるトロカデロ広場のクレープスタンドで話を聞いた。
「コロナの前の3月から10月は人で一杯で地面も見えないぐらいだったんだ。16時ぐらいにはコーラやジュース完売なんてこともしょっちゅうだった」
でも冬の重たい曇り空と寒さの今頃はもともと人出は少ないんじゃないか、と聞くと、
「いや、今頃は中国人や韓国人で一杯だったよ。観光バスがひっきりなしにやってきていた」