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「私は“在日”なんでしょうか」韓国出身、大阪在住…“移民”として生きるラッパーが辿り着いた“チョン”という蔑称への思い《大衆音楽の差別語を分析》

『日本移民日記』より #2

2022/02/15
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 しかし、「チョン」と呼ばれる誰かではなく、誰がチョンと呼ぶのかという「主体」に焦点を当てると違う分類ができます。私はここで「考えが違う人なら誰でもチョンと呼ぶ人々」について歌っています。これは言い換えると、ある特定の人々(もちろん韓国・朝鮮系はその構成員になれない)が、「誰がチョンなのか」を決める力を持っているということです。私がその「特定の人々」の母や社長、首相、そして〇〇さえも「チョン」だと宣言するのは、「誰がチョンなのか」決める権利を彼らから奪いたかったのです。このような立場の逆転は、自分と意見が違う人を攻撃するための「チョン」を武器として使う人々を批判するためであって、これはIO裏返し型と分類することもできるのではないかと思っています。

結論、そして「在日」

 以上の日本のヒップホップにおける差別用語の使用事例の分析を基に、「大衆音楽での差別用語の使用は、聴き手の「社会的スティグマ」の認識に、どのような影響を与えるのか」と、「大衆音楽での差別用語の使用は、言葉の「意味の取り戻し(*1 編集部注)」の側面を持つのか」に答えてみましょう。

*1 「Reappropriation(意味の取り戻し)」という概念。社会心理学者のアダム・ダニエル・ガリンスキー氏が、差別用語を「取り戻す」過程についてのモデルを提唱しており、自分を傷つける差別用語を被差別者が自ら使用することで、言葉の否定的な意味を奪い、他人がその言葉を使って攻撃してくることを阻止したり、主体性を持って自分の自尊心を保護・向上させることが、「意味の取り戻し」の第一段階とされている。議論の際は往々にして「Ni**er」などのNワードが俎上に上がり、筆者は自身の実体験をもとに「外人」や「チョン」という言葉を中心に「意味の取り戻し」を分析・検討している

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「大衆音楽での差別用語の使用は、聴き手の「社会的スティグマ」の認識に、どのような影響を与えるのか」

 「外人」また「チョン」に関しては、その言葉を使って日本での差別の経験を聴き手に伝える試みが日本でも(数は少ないですが)確認できます。また、なみちえ(編集部注:東京藝術大学先端芸術表現科出身のアーティスト。着ぐるみ制作や音楽活動を中心に活動している)の「おまえをにがす」や私の「Home/CHON」のように、差別用語が示す社会的スティグマ自体に対する批判だけではなく、そのスティグマと「言葉」の関係自体を問う事例も確認されました。

 しかし、日本でのNワードや「ジャップ」の使用は、「外人」「チョン」の使用とはまた違う用法を見せています。例えばPower DNAが使う「外人」からは、彼と彼の母が「外人」と呼ばれながら経験してきたことが伝わりますが、ウィリーウォンカ(編集部注:大阪府出身のラッパー。ソロでのほか変態紳士クラブとしての活動も行っている)のNワードの使用やTAKABO(編集部注:正体を隠して活動する北九州出身のラッパー)の「ジャップ」の使用からは、その言葉によってアーティスト本人がどんな経験をしてきたか見えづらいです。歌詞の中の文脈の提示が不十分であるだけではなく、またAwich(編集部注:沖縄県那覇市生まれ。ヒップホップクルー「YENTOWN」に所属する女性ラッパー。2020年7月にユニバーサルミュージックよりメジャーデビューを果たした)のように曲以外で自分の立場や背景を述べる場合も極めて少ないです。