捜査員の顔に投げつけられたのは…
そのうちの1つの事件の共犯として、若いイラン人女性がある署で捕まった。そしてこの被疑者に、国際捜査課の捜査員が取調べ室で襲われるという想定外の事件が起きる。
女子留置場に留置されていた被疑者は、翌日、捜査員によって取調べ室に連れてこられた。
取調べ室のことを警察官は「調べ室」と呼び、そこで取調べることを「調べ室に出す」という。調べ室は署によって違いはあるものの、ドラマなどで見るものよりかなり狭く、窓がない。圧迫感があり息苦しくなるようなスペースなのだが、それが狙いだと聞く。その狭小空間で机を挟んで捜査員と被疑者が対峙した途端、捜査員の顔に何かが投げつけられた。
投げつけたのは、被疑者が隠し持っていた自分の大便。被疑者と捜査員の間はわずか2メートルほど。その距離から投げつけられた大便は、捜査員の顔に見事的中。捜査員がもんどりうってたまげたのは言うまでもない。
驚いた別の捜査員によって、被疑者はすぐに留置場に戻された。ところが、被疑者は他にも大便を隠し持ち、留置場の壁に向かってそれを投げつけたのだ。留置場内の異臭たるや、すさまじいものだっただろう。署では留置場を清掃して壁紙を張り替えるだけで100万近くかかったそうだ。投げつけた理由は被疑者の特異な行動だったのか、抵抗手段だったのか分からず終いだという。
「アラーの神に誓って悪いことはやっていない」
取調べ室でというケースは稀だが、留置場で被害にあったという捜査員は他にもいる。現在は留置担当者がおり、捜査員は担当者が被疑者を留置場から出した後、彼らを受け取るシステムになっている。だが当時は捜査員が直接、留置場から被疑者の出し入れをしていた。「犯罪と戦う前に、大便と戦うなんて最悪だ」と、自らも留置場で大便を投げつけられたという元捜査員は、鼻にシワを寄せ嫌悪感を露にした。
「便器に流さず隠し持っていた大便で自分もやられた。臭いなんてもんじゃない」
そのような行為に及ぶのは精神的に病んでいたり、精神異常を装ったり、警察に反発している被疑者だという。それは日本人被疑者も同じである。
チェンジチェンジ盗で捕まった被疑者らは「アラーの神に誓って悪いことはやっていない」と言い張り続けた。否認はするが暴れたり反抗したりせず、取調べには従順。だが今のようなDNAによる捜査はまだない。盗ったお札を捨てられてしまえば証拠がなくなった。
「犯行が確定できても自供が必要だった。解決の糸口になったのも彼らの習慣と宗教心だった」(前出の元捜査員)
イラン人被疑者は取調べ室に出されると、捜査員の両手をいきなり掴んで手にキスをしてきた。捜査員はすぐに手を引っ込めたという。
「日本人にすれば、気持ちが悪いと感じるような行為でも、イランでは目上の人に対するエチケットだそうだ。やられて気持ちのいいものではないけれど、その後はそのままやらせた。そういうことが彼らと信頼関係を結ぶ第一歩になった」(同前)