11月16日夕方、私は埼玉県北部の県道沿いを、ビールのロング缶12本が入ったコンビニのビニール袋を手に歩いていた。目的は最近話題の群馬・埼玉両県での家畜窃盗事件の取材だ。
事前に目星をつけていたアパートの部屋に向かい、アポ無しでインターホンを押すと、髪の毛を茶色く染めた東南アジア系の若者が顔を出した。私が連れてきたベトナム難民2世(日本育ち)の友人が、事前の打ち合わせ通り、ネイティヴのベトナム語で一気に畳み掛ける。
「やあ、お兄さん! 元気かい? ビールを飲まないか? ああ、こっちにいるのは日本人の記者だ。警察じゃないし、お兄さんに危害を加えるわけじゃないから安心してね。さあ、一緒に乾杯しようぜ!」
若者ははじめ驚いた表情を浮かべたものの、初対面にもかかわらず私たちを部屋に上げてくれた。この部屋は技能実習先から逃亡したベトナム人不法就労者たちのアジトである。最近、同居していた仲間8人のうち数人が、豚の違法解体や不法滞在の容疑で埼玉県警に逮捕された。
豚解体アパートで暮らす逃亡者
月の家賃が4万円だという部屋は饐えた臭いが漂っていた。炊飯器や洗濯機はあるものの、テレビやステレオといった文化的な生活に関係する家電は見当たらず、書籍は日本語の教科書1冊さえもない。
大小のゴキブリの子どもが汚れた壁を走り、銀蠅が5匹ほど飛び回る居間で車座になって缶ビールを開けた。マスクをずらしてちびちびと飲みながら、3人であぐらをかいて雑談していると場がほどなく和んだ。彼は不法就労者だがコロナ禍で失業中だ。仲間が逮捕されて退屈していたらしく、私の質問にも気軽に答えてくれた。
「お兄さんの仲間は風呂場で豚を解体したのか。肉ならスーパーで売っているのに、なぜ?」
「捌きたてが新鮮だ。それに骨付き肉がおいしいんだけど、日本であまり売ってない」
「確かに豚肉は骨付きに限るよね。どのくらいの大きさの豚? 部屋に来た時点では生きていた?」
「70~80キロぐらいの成獣で、すでに死んでいた。調達したルートは、ええと──」
今日も取材は順調だ。私は彼からみっちり1時間半ほど話を聞き、意気揚々と引き上げたのだった(この話題は別途、あらためて詳しい記事にする予定である)。
しかし、豚解体風呂をカメラにおさめたこの日の私には、行き帰りの電車内で心がザワつく出来事があった。note株式会社が運営するコンテンツサイト『cakes』に掲載されたというホームレス密着ルポ記事がSNSで「炎上」し、著者とcakesの運営側が記事内容を修正したというのである。