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キラキラ夫婦が吊し上げ…「豚解体風呂」とホームレス記事“炎上”事件から考える言論の自由

2020/11/18
note

 すなわち、ルポの切り口が不謹慎なので気に食わない──。と、お気持ちを害した人たちがいた。これに対して、ベンチャー企業のnoteと新人ライターである著者は、なぜだか理由はわからないが世間ではすごく怒っている人がいるということで、脊髄反射的に弥縫策を講じてみせたものの、ネットではまだ燃えている。

 出版社の場合、この手の話題の扱い方やクレームの突っぱね方に長年のノウハウがある会社が多いのだが、ウェブ系のベンチャーにはそれがない。出版社以外がノンフィクションのコンテンツを扱うことの課題が可視化された点では、興味深い事件ではあった。

誰の気分も害さない“ノンフィクション”などない

 ただ、ルポライターである私は、職業的本能から今回の騒動に嫌な予感を感じた。この「ばぃちぃ」氏の記事は、露骨な差別表現や他の文章の剽窃、公益性に欠けたプライバシー侵害や名誉毀損といった、コンテンツを発表する上で明確に「アウト」とみなされるレッドラインには、なにひとつ抵触していないからである。

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 法や社内ルールで禁じられているわけでも過去に損害賠償を命じた判例があるわけでもないのに、記事に対して「取材の切り口が不謹慎である」「潜在的な差別意識のあらわれだ」「どこが悪いか自分の胸に手を当てて考えろ」などといった、情緒的なお叱りの声が出る。まあここまでは構わないが、客観的・論理的な基準が不確かなこの手のクレームに対して、著者が表現の変更を余儀なくされ、寄稿先の組織もあっさり屈してしまう。これは言論の自由の面から考えると、非常に恐ろしい事態につながりかねない話だと思うのだ。

©iStock.com

 今年10月、京都大学文学部の教授が着物姿の女性を緊縛するアートをYouTubeで配信したところ、不快感を示す意見が寄せられたことで翌月に動画配信が中止され、京大やこの教授本人が謝罪を表明する事件があった。また、製麺会社が麺好きの家族のPRマンガをツイッターに掲載したところ、昼食の食器を夕方になってから母親が洗うシーンがあるのはけしからんというクレームを受け、続編の公開を停止するという事件も起きた。

 今回のcakesの反応も、自分たちが誰かに「怒られる」ことを異常なほど怖がり、批判的な意見に対して腰砕けな対応を繰り返してしまう昨今のわが国のオトナ社会の風潮を忠実になぞったものだったと言えるかもしれない。

 しかし、特に社会問題を扱うノンフィクションの場合、万人の気分を害さない表現をおこなうことは事実上不可能だ。そもそも社会問題は、誰かが社会の現状に問題があると考えるから「社会問題」なのであり、みんなが満足していることは記事にする必要がないのである。

「不謹慎だ」「差別意識のあらわれだ」

 この記事の冒頭で書いた「豚解体風呂」の話にしても、豚を盗まれた農家やアパートの大家や、もしくは技能実習生の雇用元の企業関係者などのお気持ちを害するかもしれない。逆に在日ベトナム人や、技能実習生支援のボランティア活動をおこなう人たちが、犯罪をクローズアップするような記事を書いてベトナム人の名誉を傷つけるなとお怒りになるかもしれない。

11月16日、埼玉県内の豚解体アパートで取材中。奥に座っているのが逃亡技能実習生のベトナム人。

 また、豚解体問題に対する利害関係は何もなくても、ビールを12缶もプレゼントするのはけしからんとか、取材中に酒を飲む行為は不謹慎だとか、外国人犯罪グループの仲間と談笑する行為は問題だとか、「豚解体風呂」という表現は著者の潜在的な差別意識のあらわれだとか、取材で得た情報を当局に伝えないのは反日的だなどといった、各人各様の問題意識にもとづきお気持ちを害する方も多数おられることだろう。