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そして提案された排尿方法は…

 ナースはもう決めたらしく、

「今夜、そのベッドで、やってみてください」

「ここでですか」

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 私は臆病になった。

「そう。大丈夫でしょ?」

「考えさせて下さい。明日、返事をします」

「あなたがOKというと思わなかったのよ」

「どうして? そんなこと、決められるのですか」

「あなたが怒ると思ってたのよ。私だけ、そう思っていたんじゃないから」

「まあ、いいです」

 私はむっとして言った。 

「でも、中側でするってのは、どうなんですか。汚さないですか、あたりを」 

「さあ」

 ナースはどうでもよさそうだった。

「どうやるのかしら?」 

 この人は、早く片づけば、どうでもいいのだ、と私は思った。だから、私の答えが意外だったのだ。 

「尿瓶を使うってのは、今となっては無理かも知れないけど......試してみます」

「すみませんね」

 彼女はにわかに明るくなった。

「良い返事をお待ちしてるわ」

 私はリハビリの療法士たちにも相談してみることにした。これは相談という形をとる以上、日常生活のリハビリにも属するらしく、利き手を変えて〈新しい機能を回復する〉という言いまわしをおぼえ、〈排尿コントロール〉などという、以前だったら私がいやがるだろう言葉の助けも借りた。

 2、3日後、私には一癖あるとしか見えない中年ナースに協力を伝え、その夜、下着を下げての排尿をすることにした。これは思ったよりも臀部が冷え、立っているだけで苦痛だった。

 その様子にたじろいだ彼女は私の全く知らぬ方法を持ち出した。

 それは私を横にして陰茎にゴム製品のようなものを取りつけ、小水を細い管で流して、空中に吊るした袋に受けるといったものである。原理は見るだけでわかったが、家人にそれを説明すること自体、不可能な気がした。

生還 (文春文庫)

小林 信彦

文藝春秋

2022年2月8日 発売