理解できない母の行動
母に無視されているという感覚は強かったが、急に話しかけられることはあった。
幸が下校すると、「行くよ」と言ってスーパー銭湯やレストランに連れ出される。どこに行くかはいろいろで、到着するまでわからない。
本当は出かけたくなくても、怖い顔をしている母には逆らえなかった。そういえば昔から、ミユキは行きたい店やカフェを調べるのが得意だった。一応、事前にあたりをつけて向かっているようではあった。
行き先は梅田などの繁華街が多かったが、何もない郊外の時もあった。
ある日は、市営地下鉄の終着駅にある銭湯まで連れて行かれた。地元の人しか来ないような場所だ。その住宅街を1時間近く歩かされた。
ある日は、いきなりタクシーに乗せられた。ミユキに行き先を聞くと「和歌山」と一言。約200キロ離れた和歌山県串本町まで車を走らせた。着いても何をするわけでもなく、ずっと歩きどおしだった。幸は黙って、母は独り言を言いながら。
宿も予約しておらず、たまたま泊まれたことだけはラッキーだった。けれど、家族旅行みたいな楽しいことは何もなかった。
家は荒れ、服も食事も強要されるように
ミユキは、幸が自分の後ろを歩くのを極端に嫌がった。歩いていいのは前か横。常に母から見える所にいなければならない。エスカレーターに乗る時も、いつも母の前に立たされた。それもまた、幸にはとてもストレスだった。
出先でレストランに入ると、ミユキは幸の食事を一方的に注文する。
「これを食べなさい」
気が滅入って食欲のない幸には、ただの苦行だ。それでも母が食べろと迫ってくるから、言うことを聞くしかなかった。
2人の帰宅はいつも深夜。それから幸は宿題と、母がしなくなった洗濯をした。ようやく布団に入ると午前4時ごろになっていた。
2人でスーパーに行く。会話がおぼつかない母に代わり、レジで店員とやりとりをするのは幸だ。ミユキはまるで買い物に依存するように、同じ商品を何個も買い込んだ。使いもしない雑貨や食品、そしてゴミが入った大きなポリ袋が家の廊下を占領していた。食事を作ってもらえない日、幸はそこからインスタント食品やお菓子を取り出して、空腹をしのいだ。
服もミユキに強要された。決められたトレーナーやスエットを何日も着せられた。
荒れた家。洗っていない服。幸は2時間近く風呂に入っては、何かに取り憑かれたように体を洗った。思春期の少女に「汚い自分」は耐えがたかった。ミユキのふるまいが理解できなかった。