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「私とお母さんはセット」統合失調症の母と二人暮らしを続けた中学時代…“ヤングケアラー”だった女性が振り返る親に対する“意外な思い”とは

『ヤングケアラー 介護する子どもたち』より #1

genre : ニュース, 社会

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母の束縛は強まるばかり

 洗濯をしなくなったミユキだが、なぜか家の中のあらゆる物をアルコール消毒する癖があった。幸の制服にもその匂いがつく。「なんだかくさくない?」教室で誰かがそう言った。私やん、と焦ったが、クラスメートには気づかれず、ほっとした。そして母に怒りがわいてきた。勝手なことせんといて!

 深夜の家事と長風呂のせいで、幸は常に睡眠不足だった。授業中の居眠りが増えた。勉強についていけなくなり、成績も下の方に落ちた。

 親族の人たちが病院に行くように促しても、ミユキは「大丈夫」と頑なに拒んだ。なんでこんなふうになっちゃったんだろ、と思いつつも、幸は時間がたつうちに、人が変わった母との暮らしを、当たり前のものとして受け入れてしまっていた。

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 幸は子どもの頃から「しっかり者」とよく言われた。ミユキのことでも、周囲の大人たちは「頑張っているね」と幸に声をかけた。その言葉が嫌だった。

 褒めてるつもりかもしれないけど……。全てそれで片付けられている気がしてイラッとし、悲しくもあった。

 唯一、心が休まるのは学校だった。友達と談笑している間は、家のことを忘れられた。みんなの輪の中で、母ミユキについて話したことはほとんどない。「いきなり家族の悩みを言われても、友達だって困るよね」。学校だけは「明るい場所」にしたかった。自分の中の暗い部分は絶対に見せない、と決めていた。

 ミユキによる束縛はしだいに増えた。

インフルエンザで高熱が出るが、病院に行かせてもらえず

 幸が一人でどこかへ出かけるのを、ミユキはとても嫌がった。朝、登校する準備をしていると、突然「今日は行かなくていい」と怖い顔で言われることが、月に何日かはあった。近くのコンビニに行くのに玄関のドアを開けただけで、ミユキが奥からすごい速さで走ってきて、怒ったように「どこ行くん?」と幸を問い詰めた。

 だから、友達に遊びに行こうと誘われても、幸はいつも断った。

 何度も誘ってくれる子もいて、申し訳ない思いがした。その子たちには少しだけ事情を話したこともある。

 着たい服を着て自由に外出できる同世代がうらやましかった。「なんで私だけ」。ついにあるとき「部活があるから遅くなる」と母に噓をつき、カラオケに行った。中学時代に友達と遊んだ思い出は、その一度きりだ。

 学校から帰る時間が遅れただけで、ミユキは「どこ行ってたん?」ときつい調子で聞いてきた。ドラッグストアに立ち寄るのも一苦労。買い物袋で寄り道がばれないように、買った物をかばんに隠して持ち帰った。インフルエンザが流行した冬、クラスが学級閉鎖になって幸も高熱を出したが、ミユキは病院に行くことを許さなかった。

 ただ、母は中学の行事にはちゃんと来てくれた。三者面談でも相変わらずブツブツ独り言を言っていた。幸は母に会話をかぶせて、その場をごまかすのに必死だった。

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