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連載春日太一の木曜邦画劇場

製作陣から俳優まで一流揃いの秀逸なミステリー&人間ドラマ!――春日太一の木曜邦画劇場

『その壁を砕け』

2022/02/15
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1959年(100分)/DIGレーベル/4180円(税込)

 陽の当たりにくい旧作邦画を次々とソフト化するレーベル「DIG」。ここから出るDVDは本連載の趣旨にぴったり合っていることから、折に触れて紹介してきた。

 そんなDIGがこの年明けにまた素晴らしい作品を出してくれた。それが今回取り上げる『その壁を砕け』。これが初のソフト化となる、実にレアな作品である。

 といってマイナーな人たちが作ったのかというと、全くそうではなかったりする。製作陣は豪華極まりなく、監督に中平康、脚本に新藤兼人、音楽に伊福部昭、撮影に姫田真佐久と一流どころ勢ぞろい。キャストも長門裕之、西村晃、芦田伸介、渡辺美佐子、清水将夫、信欣三、大滝秀治、浜村純、鈴木瑞穂、神山繁と曲者ばかりが並んでいる。

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 内容もその座組にふさわしい、なかなかに見応えある社会派ミステリーになっている。

 自動車の修理工・三郎(小高雄二)が東京で長年かけて必死に金を貯めてワゴン車を買い、婚約者・とし江(芦川いづみ)に会うために新潟へ向かうところから物語は始まる。タイトルバックは車を走らせる若者――という颯爽とした画なのだが、伊福部らしい荘厳で重厚なピアノとブラスの音色が不穏を煽っていく。

 三国峠を越えて一人のヒッチハイカーを乗せたことで運命は狂い始める。謎の男を途中で降ろしてしばらくすると、三郎は突如として警察に連行されてしまったのだ。強盗殺人の容疑だった。必死に否認するも目撃者の証言により逮捕、裁判にかけられる。

 三郎を閉じ込める、拘置所の狭く暗い壁。その中で言葉もなく苦悶し、憔悴していく三郎。中平らしいクールなタッチの演出によって構築された徹底して冷たい空間が、主人公の巻き込まれた理不尽の救いのなさを、恐ろしく浮かび上がらせる。しかも捜査を指揮する冷酷な刑事部長を演じるのは西村晃。逃げ場は全く感じられない。

 それでも、三郎を信じ抜くとし江の信念に揺さぶられ、警察署長(清水)、敏腕弁護士(芦田)らが味方に回り、三郎逮捕の手柄で栄転が成った刑事(長門)もまた独自に再捜査に乗り出していく。

 事件の背後にうごめくさまざまな人間たちの思惑と、それによって歪められていく真実。ミステリーとしても人間ドラマとしても秀逸で、さらに中平─姫田コンビの織り成す映像もどのカットを切り取ってもカッコいい。

 小作品ながらもプロフェッショナルたちが最高の仕事をした、抜群のエンターテインメントである。こうした作品をソフト化して改めて陽を当ててくれるから、DIGはありがたい存在である。

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