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すべては「里芋」から始まった

竹倉 朝、神社の前を白い服を着て掃いている人がいますよね。死ぬまでにあの仕事をやってみたいとずっと思っていて、もう40歳を過ぎていたんですけど、神社で宿直のアルバイトを募集しているのを見つけて応募して、採用されまして。夕方神社に行って一晩泊って、朝掃いて終わりなんですけど、最後に宮司のお母様と朝食をとるというルーティンがあって。あるときそのお母様が変なものをくれたんです。「これ、何ですか?」ときいたら「里芋を知らないの?」とびっくりされて。

みうら 皮付きのまま渡されたんですね。

竹倉 そうなんです。白くてもちもちした女の子のお尻みたいなイメージを持っていた里芋が、ゴツゴツの怪獣みたいなものだったと知ってショックを受けました。でも、皮をむいて塩を付けて食べたらおいしくて、自分でもスーパーで買って、ふかして食べるようになって。

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『土偶を読む』は友人のいとうせいこう氏から勧められたという ©文藝春秋

みうら まず里芋ブームが来たと(笑)。

竹倉 それから2週間後くらいに、大学の授業で土偶を扱うことになったので、パソコンで遮光器土偶の画像を見ていたんです。そのとき、ふと土偶の手足を見て「最近この形、どこかで見た……あっ、里芋だ」と。そのときは半分ギャグだったんですが、調べてみたら、日本人はお米より前に里芋を食べていたという文献が出てきて。

みうら 縄文時代から食べていたならあり得る、となったんですね。

「ほかの土偶も絶対食べ物のはずだ」

竹倉 その後、山へ行ってオニグルミを見つけて割ってみたらハート形が出てきて、また雷に打たれて「ハート形土偶はオニグルミだ」と思ったんです。ということは、ほかの土偶も絶対食べ物のはずだと。

研究のインスピレーションを語る竹倉史人氏 ©文藝春秋

みうら 2個来たら3個目もそうに違いないと(笑)。

竹倉 〇〇土偶と名前が付いているやつは全部読み解かないと学問として成立しないと思っていたので、2個目がわかったことは大きかったです。そのあと2度あることは3度あるで「椎塚土偶=ハマグリ説」がわかったとき「これはヤベえ発見しちゃったな」と。「お前は誰なんだ?」という私の問いかけに対して、土偶たちが答え始めてくれて。

みうら それを世間では「ノイローゼ」と呼ぶんでしょうね(笑)。