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家業は祖母と妻におしつけ、東京で若い妾と暮らし、植物採集に没頭…「日本の植物学の父」の無鉄砲な生き方

加藤千恵が『ボタニカ』(朝井まかて 著)を読む

2022/03/01
『ボタニカ』(朝井まかて 著)祥伝社

 植物が好きな人といわれると、なんとなくそこに穏やかなイメージを抱いてしまう。穏やかとはかけ離れている自分自身も植物が好きだったりするし、まったくそんなことはないのだとわかりつつも、思い込みがなかなか抜けずにいる。

 日本の植物学の父ともいわれている、植物学者・牧野富太郎についてもそれは同じで、彼が描いた植物のスケッチを過去に目にしたことがあったのだが、非常に繊細で、それは彼自身のイメージと密接につながっていた。

 しかし本作を読み進むうちに、そうしたイメージはいとも簡単に、音を立てて崩れ去っていく。

 繊細どころか、真逆だ。破天荒で無鉄砲で、その生き方はとうてい穏やかなものとはいえない。

 家業を継ぐように言われていたが、幼い頃から植物観察に没頭し、家業は祖母と妻におしつけた状態で東京へ。そこで若い妾と暮らし、植物採集を続け、財産をとんでもない勢いで食いつぶしていく。莫大な借金なんて、まるで気にも留めていない。結局その妾であったスエと籍を入れ、多くの子どもをもうけるも、家庭は顧みず、やはりひたすらに植物を追い求め、各地を飛び回る。

 さまざまな思いが去来する。勝手に家族の気持ちになって、憤ってみたりもする。大丈夫なのだろうか、と不安もおぼえる。

 それでもなぜか、牧野富太郎を嫌いになれない。それどころかむしろ、彼を信じ、応援してしまっている自分に気づかされる。魅力にいつのまにか引き込まれてしまっているのだ。

 おそらく牧野富太郎自身は、魅力的でいようとか、そんな思いや打算は一切持っていない。ただ、好きなものに対して、ひたすらに打ち込んでいるだけだ。情熱を惜しみなく注ぎ、とにかく向き合い、知ろうとする。好きなもの、すなわち植物。その姿を、名前を、脳裏にやきつけていく。

 それほどまでに愛せる対象があるなんて、なんて素晴らしいことなのだろう。

 そしてわたしは、自分の間違いに気づく。破天荒や無鉄砲ばかり目につき、繊細さなどないと思っていたが、それは確かに彼の中に同居しうるものなのだと。

 丁寧に描かれている、情景がそのまま浮かぶような場面たちから、そのことを教えられる。

 本作を読み終えてから外に出た際、名前もわからない草が目についた。おそらく読んでいなければ、気にも留めなかったものだ。牧野富太郎の目にしていた世界は、まるで異なるものだったのだろうな、と思いを馳せた。

 奇しくも先日、来春放送のNHK連続テレビ小説の主人公のモデルが、牧野富太郎になることが発表された。もちろん本作とはまた違った姿になるのだろうけれど、楽しみに待ちたいと思う。それまでにまた、読み返したい。

あさいまかて/1959年、大阪生まれ。2014年『恋歌』で直木賞、18年『雲上雲下』で中央公論文芸賞、『悪玉伝』で司馬遼太郎賞、20年『グッドバイ』で親鸞賞、21年『類』で芸術選奨文部科学大臣賞と柴田錬三郎賞を受賞。ほかの作品に『白光』など。

 

かとうちえ/1983年、北海道生まれ。歌人・小説家。著書に『消えていく日に』『この場所であなたの名前を呼んだ』など。

ボタニカ

朝井まかて

祥伝社

2022年1月12日 発売

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