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妻の彼氏と同居することに

――その後、みかさんには新しいパートナーができますよね。彼とはどこで会ったのでしょうか。

みか とあるコミュニティスペースで出会いました。彼は、「自分のやりたいことに忠実に生きる」と決め、大学を辞めて、そのコミュニティスペースを拠点に「困っている人を助ける活動」をしていたメンバーの一人で。すぐに意気投合し、初対面から数日後には、夫と2人で会って話をする流れになりました。当時、彼は私のブログを読んで、私とわかぴょんの関係を面白いと思ってくれていたみたいで。

​​©深野未季/文藝春秋

わかぴょん 僕もそのコミュニティスペースには何度か足を運んでいたので、彼とは面識がありました。家事や育児を手伝いにうちに泊まりにきてくれることもあったので、僕自身も彼を頼りにしていました。「子育てのチームができた!」という気持ちでした。

みか 彼がうちに泊まる機会が増えてきたので、それなら一緒に住もうかという話になり、同居することになりました。

――わかぴょんさんは、みかさんの彼氏と同居することに抵抗はありましたか。

わかぴょん なかったと言えば嘘になりますが、先ほども言ったように「子育てのチームメイトが増えた」という感覚だったんです。その上、セックスレス問題も解消されるので、本当に良い方と巡り会えたと思いました。

みか 彼は同居を始めてからも、うちを拠点に「困っている人を助ける」活動をしていたんですが、だんだんと私の中に嫉妬心が生まれてきてしまって。「私も困っているのに、他のところに行ってしまうのはしんどい」って伝えたんです。それからは、私と一対一で向き合ってくれて、定職に就かずに、ずっと私と一緒に家にいるようになったんです。どこへ行くにも何をするにも一緒でした。

 私も彼も、自分に嘘をついて表面的にうまくいかせたり、周りの目を気にして自分の気持ちを誤魔化したりすることを、いったんやめようと話していたんです。母親はこうあるべきとか、こんな家族はダメとか、世の中の常識と思われていることを一回全部捨ててみようって。徹底的に「やりたいことしかしない。やりたくないことは一切しない」という生き方に挑戦していました。

――わかぴょんさんは、お2人の考え方に賛同していたのでしょうか。

わかぴょん 僕は「みんなで暮らすんだから、我慢や無理は必要だ」という現実的な考えでした。みかと彼の「事なかれ主義でうまくいかせるのではなく、自分を偽らずに本気で生きたい」という気持ちもわかるんですが、なかなかそこまで自由に生きることができなくて。

 例えば家事のやり方については、私は使ったお皿はその日のうちに洗って欲しかったり、部屋も片付いていないと、何だか落ち着かないんです。最初は自分でやった方が早いなと思って、我慢してみんなの分もやっていたんですが、少しの我慢がどんどん蓄積されていき、気が付けば私1人がいつもイライラしていました。

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