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人生最初の撮影は、キアヌの腕のなかで死んでいくシーン

 でも撮影中は一切、緊張しなかったですね(笑)。僕が人生で最初に撮影したのは、芭蕉がキアヌの腕のなかで死んでいくというシーン。撮影前に考えたのは、「自分が演技をしたことがないのは、みんなよくわかってる。だからここで緊張しても何の足しにもならない」ということ。それだったら、ただ自分が一生懸命やるだけだろう、と思いました。

米国時代の米本さん(事務所提供)

 撮影に入る前から、同じ浪人役の仲間とは毎日一緒に朝早く馬の稽古に出かけ、帰ってきたら飲んだり飯食ったりする、実際の浪人たちのような生活を送っていました。その中で、芭蕉もこうやって毎日を一生懸命生きて、その上で死を迎えたんだろうなって思って。芭蕉が必死で生きた、そのことが伝わればいいと思い最初のシーンに挑みました。初めての演技が死の場面というのは、ある意味で恵まれていたかもしれないですね。その経験は、工藤茂光を演じる上でも役に立ったと思います。

米本さん ©文藝春秋 撮影・宮崎慎之輔

『47RONIN』でもう一つ、思い出深いのは浪人たちと村人がカイと大石内蔵助の帰還を待ち侘びる中、湖で水浴びをしている芭蕉が真っ先にその姿を見つけ、「おおー!」と手を振るというシーン。5ヶ月間に及ぶ撮影の最後ということもあり、現場には緊張感が漂っていました。

田中泯さんが「あのシーンは美しかったね」と褒めてくださった

 水浴びをするシーンなので僕は裸に近い格好。体型にコンプレックスのある僕にとって、人前で体を晒すのは結構大きな決断でもあり、やっぱり背中の毛だけは! と前日に浪人仲間の曽我部洋士さんに剃ってもらったりもしたのですが(笑)。いざ、水の中に入って行ったら、中嶋しゅうさんが一言、「なんだお前、おっぱいあるじゃないか!」。そしたらみんなが笑ってくれて、緊張の糸が解けて。

米本さん ©文藝春秋 撮影・宮崎慎之輔

 そんな空気の中、撮影が始まり、一生懸命手を振っている時、僕の前にいるキアヌや真田さん、後ろにいるキャストやエキストラの方みんなと繋がれた気がしたんです。雷に打たれたような感覚でした。後日、田中泯さんが「あのシーンは美しかったね」と褒めてくださったのは嬉しかった。この出来事が演技の奥深さを実感し、この道を進んでみようと思うきっかけになりました。

米本学仁(よねもとたかと)

1979年宮城県生まれ、大阪育ち。京都での生活を経て2007年に映画プロデューサーを目指して渡米。2013年に『47RONIN』の芭蕉役として俳優デビュー。以後、アメリカを拠点に俳優として活躍。ドラマ『全裸監督』、映画『総理の夫』など国内作品にも出演。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で伊豆武士、工藤茂光を演じた。『世界ふしぎ発見!』などのバラエティでも活躍しており、現在はミュージカル『カーテンズ』に出演中。office MUGI所属

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